約 2,287,668 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3985.html
八章 ………不愉快だ。何だ、この体の芯から湧き上がってくる黒い感情は。 吐き気がしてくる。この暗闇が、他人の家特有の匂いが、目の前にいる男の寝息と寝言が、とてつもなく不愉快。 オレは何のアクションも起こすことなく、その場にしゃがみ込み、ただ呆然としていた。 わかってる、何をすべきかは。オレのやるべきは彼を警察に通報すること… やっとの思いでオレはケータイを取り出した。 だが……… ――なぜ裏切った!古泉ぃ!!―― あいつの言葉が脳裏をよぎり、邪魔をする。オレは…また親友を… 違う!!今回はあの時とは違うんだ!これが最良の……… 突然オレのケータイが鳴りだした。 電話の相手は、さっきから彼が名前をつぶやいている二人の女性のうちの一人。 春日美那……… 「もしもし、古泉くん?ごめん、寝てた?」 「いえ………」 控え目に聞いてくる彼女にオレは吐き捨てるように否定を述べる。 「そう、よかった…あのね?今日のこと謝ろうと思って。」 「…………」 「ご、ごめんね?古泉くんのこと薄情者みたいな言い方しちゃって… 古泉くんは悪くないよ!悪いのはいつまでも引きずってるあたしだから…だから全然気にしないで!あはは…」 「ああ…そうですか……」 もっと他に謝るべきことがあるだろう。 「ね、ねえ!!来週暇な日あるかな!?久し振りに遊びたいな~、なんて思っちゃったりして…」「今彼の家にいます。」 「え…」 「明日話がある、場所は…今日のパーティ会場の近くにある喫茶店にでもしましょうか…」 「え!?ちょ、ちょっと!!…」 ガチャリ!!と、電話機を叩っ切るような勢いでケータイの電源ボタンを押す。 ふう、さて、次はこの目の前の男をどうするかだな。 「………きろよ……」 まいったな、涼宮さんに何て伝えればいいんだ。 「おき…ろよ………!」 第一涼宮さんはどこまで知っているんだ。あの電話ではいまいち分からない。 「起きろって言ってんだよ!!!」 それは警察に通報するのを先送りにしたいという理由からきた行動かもしれないし、 単純に彼を許すことが出来なかったからなのかもしれない。 オレは彼の胸倉を掴み、無理矢理直立体勢にした。にも関わらず、 彼は未だ今回の騒動の発端を春日さんとする、確たる証拠を垂れ流しているだけだ。 「クソ、こんなもの!!」 彼が離すまいと指を絡めるように掴んでいる注射器を、無理矢理奪い取ったそのときだった。 「返せッッッッ!!!!」 声としてギリギリそう聞き取れる叫びをあげながら、彼が目を醒ました。 「返せ!なんで奪って行くんだ!!!返せよ!ハルヒを…………返せぇぇぇ!」 今までにない吐き気が襲った。ハルヒを………返せ?それって……… ドゴ! 「ガフッッッッ!」 人の力は通常時は強く抑制されていて、実はその半分程も発揮されていない。 人体の研究が進んだ現代において、それは周知の事実だろう。 しかし、そのリミッターのはずれた力を身をもって体感した人間は、そう多くないはずだ。 機関に鍛えぬかれたオレの体は彼のたった一発のボディーフックによって、床に沈んだ。 思わず手からこぼれ落ちたそれを、彼はとびつくかのようにつかんだ。 「ハルヒ!!」 !!!!!! ダメだ!こいつは一発殴ってやらなくちゃ気がすまない! 思考が先か、体が先か、オレは体勢を持ち直し、すでに彼の顔面を殴っていた。 しかし、吹っ飛び、倒れながらも彼の手は『奴』を離すことはしない。 「はぁ、はぁ…俺にはこいつが…ハルヒが必要なんだ………!そうだ誰よりも!!誰よりもなぁぁ!!!」 誰か…教えてくれ…かつて彼の口から出ることを願ってやまなかったその台詞を今、オレはどうやって受け止めればいい? 「それ以上涼宮さんを愚弄するな!!」 ……………… 彼がガバッと上半身を起こした。 「俺がハルヒを…?」 その表情には驚きと困惑がはっきりと見てとれた。 「そうだ!あなたが掴んでいるそれは悪魔だ!人の心を惑わし、偽者の快感を与え、蝕んでいく 最低最悪の悪魔だ!そんなのと…そんなのと涼宮さんを一緒にするな!」 その言葉を最後に、沈黙がリビングを支配した。しばらくすると、彼が口を開いた。 「こ、古泉…」 彼がすがるように呼んでくる。 「たす…けて…………うわあああ!」 『奴』を投げ捨てながら彼が後ろに飛び退いた。 「うわ!虫、ムシが…」 その言葉だけで今、彼がどういう状態なのか大いに想像できた。 腕や足…体中を払う手の力は次第に強くなり、掻きむしる形に移行しようとしている。 「やめてください!」 とっさに彼を押さえ付けようとするが今の彼に力で敵うはずなく、押し返され、尻餅をついた。 彼は先程自ら投げた注射器を再度掴もうとしていた。 …その時だった。 「なに…これ…」 一瞬時間が止まったかのように思われた。そこに響くはずのない声が聞こえてきたからだ。 思わずリビングの入口に顔を向ける。そこには朝比奈さんと長門さんを連れた涼宮さんが立っていた。 「ハルヒ…なんで…」 「古泉くん!!!!」 「…は…はい!!」 彼女の唐突な呼び掛けに変な声を出してしまった。リビングに入ってくる涼宮さんのおぼつかない足取りを、朝比奈さんと長門さんが支える。 「説明して!何であんた達がこんな真夜中に取っ組み合いのケンカをしてるのか! そこにいるバカキョンはあたしに何を隠してるのか!! 春日さんが…どうしてあたしをここに向かわせたのか!!!」 なに? 「涼宮さん、どういうことですか?」 「病室にいたら春日さんから電話がきたわ。ケータイの番号なんて教えた覚えないんだけどね。 キョンの言葉の本当の意味が知りたいならこいつの家に来いってね。」 「他の方たちは?」 「とっくに帰ったわ。」 オレの考えていた以上に呆然としていた時間は長かったようだ。 「早く質問に答えて!」 この暗闇の中でも彼女の表情ははっきりと分かる。しっかりと前を見据えた表情だ。 ここに来るまでに相当な覚悟をしたのだろう。これはごまかせそうにないな。 「彼は…覚せい剤を服用しています」 ……………………………… ……………………… 長い沈黙がとても居心地が悪い。涼宮さんは無表情のまま、何か言葉にしようと口を開け、 すぐにやめる動作を繰り返している。 先に話し出したのは朝比奈さんだった。 「はは、何言ってるんですか?古泉く…」 「古泉くん…」 涼宮さんは表情を無表情から一気に苦悶の表情に変えると、朝比奈さんの言葉を遮り、ようやく話し出した。 「ウソ…ドッキリなら…今のうちになら……白状するなら…ビンタ50発で許してあげるから…… あげるから………教えて………………それは本当?」 昔の、力を持っていた涼宮さんなら確実に世界を滅ぼしていただろう。それほどまでに彼女の表情は歪んでいた。 「本当の…ことで…」 「うわあああああああ!!!」 その声に驚き、振り向くとオレに最後の句を言わせまいとばかりに彼がこちらに突っ込んでこようとしていた。 オレは目を瞑り、来たる衝撃にそなえようとしたが一向にそれは訪れなかった。 目を開くと涼宮さんが彼を優しく、包みこむように抱き締めていた。 「大丈夫だから…怖くないから…安心して。今まで怖かったよね…気付けないで…ごめんね…」 震えた声で、にもかかわらず優しく、彼女は言った。 「ハ…ルヒ……本物の…ハルヒ…………」 「自分から家に上げといて何が出ていけよ。何が二度と姿表すなよ。 あんたが言ったことなんて全部却下よ!却下…あんたとずっと一緒にいるから… すぐにもと通りのあんたに治してあげるから…」 ちょ、ちょっと待て… 「涼宮さん、それは警察に通報せず、僕達で彼を何とかするということですか?」 「当たり前じゃない!こんな時こそSOS団の出番よ!団長のあたしにかかれば麻薬なんてどうってことないわ!!異論は許さないわよ!」 やめてくれ…そんな絶望の中から必死で希望を見つけようと、もがくような澄んだ目で見ないでくれ。 決心が…………揺らいでしまう。 「ふざけないでください!!!!」 オレは彼女に対して初めて怒鳴り声を上げた。 古泉くんは今まであたしに見せたこともないような憤怒と困惑を混ぜた表情であたしを怒鳴りつけた。 ごめん、あなたの言いたいことは分かるわ。 「覚せい剤ですよ?彼は覚せい剤を乱用していたんです!!!罪は…………償わなければならない……」 本当に言いたいことを押し殺しているような、歪んだ表情で古泉くんはいう。 「それだけ?」 突然有希が、一言呟くように言った。 「古泉一樹……あなたが言いたいのは本当にそれだけ?真実を伝えないで自分の言い分を通そうとすることほど愚かなことはない。 大丈夫。彼女はちゃんと受け止めてくれるはず。」 有希のその言葉で、古泉くんの表情から迷いが無くなったような気がした。 「まったく、あなたには敵いませんね。全てお見通しですか……なら……涼宮さん」 古泉くんがあたしに向き直った。 「もう一度考えなおして下さい。彼のことを想うなら、尚更です。」 「何でそう思うの?」 「僕は知ってます。麻薬に侵された人の末路を。」 「それは何?」 「…………自殺です。」 「よく聞く話ね。」 そこで古泉くんはまた一瞬迷ったように顔を伏せたがすぐに立ち直るとまた話し出した。 「僕の親友でした。」 その言葉であたしは今まで古泉くんが何を迷っていたのかを理解した。 「……機関で出来た親友ね。」 「!!!!!…………はい…」 「原因は神人狩りによるストレス?」 「…………は、はい。」 「それと春日さんが関係してる………これは復讐ということね。」 「はい……僕は親友……河村の最期を見ました……麻薬はあなたが思っているほど甘くはない。」 そういうことか。古泉くんが通報することに固執するわけ………… 「それを聞いてますます通報する気が失せたわ。」 古泉くんが驚いたように顔を上げる。 「つまり、今回のことの大本はあたしが原因だったということね。なら、落とし前はあたしがつける。」 「ですが……」 「信じて!!こいつの強さを……絶対に元通りにしてみせるから…罪を償うのはそれからでも遅くないでしょ?」 気がついたらキョンはあたしの腕の中で寝ていた。とても安らかな表情で… 「……涼宮さん、一つだけ約束して下さい。もし、彼があと一回でも覚せい剤を使用したら、僕は警察に通報します。」 動揺したように目をあちこちに揺らしていた古泉くんはしばらくすると 目を厳しくしながらも、いつものような暖かい笑顔でそう言った。 「ええ……分かったわ。それから……ごめんね……」 我慢出来ない。もう、泣いてもいいよね…… 「ごめんなさい…ごめんなさい!!……あなたの…春日さんの………本当に…本当にごめんなさい……う…うわあああん!!!」 後ろから、あたしとキョンの二人分をそっと抱き締めてくれたみくるちゃんの体は、とても柔らかくて暖かかった。 九章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/19.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「はーい、おっじゃっましまーす!」 ハルヒは二年――つまり立場上上級生のクラスにノックどころか、誰かにアポを取ろうともせず、大きな脳天気な声で ずかずかと入っていった。俺も額に手を当てながら、周囲の生徒たちにすいませんすいませんと頭を下げておいた。 ここは二年二組の教室で、今は昼休みだ。それも始まったばかりで皆お弁当に手を付けようとした瞬間の突然の乱入者に 呆然としている。上級生に対してここまで堂々とできるのもハルヒならではの傍若無人ぶりがなせる技だな。 そのままハルヒは実に偉そうな態度のまま教壇の上に立ち、高らかに指を生徒たちに向けて宣言する。 「朝比奈みくるってのはどれ? すぐにあたしの前に出頭しなさい」 おいこら。朝比奈さんを教室の備品みたいに言うんじゃない。いやまあ、確かにあれほど素晴らしいものを 常にそばに置いておきたくなる必需品にしたくなるのは当然だと思うが。 突然の宣言に、誰もが呆然とするばかり。ちなみに俺の朝比奈さん探知レーダーはそのお姿をキャッチ済みだが、 とりあえずご本人の意向もあるだろうからハルヒには黙っておくことにする。何せまだ入学式から一週間だからな。 この段階で朝比奈さんがハルヒと接触を望むかどうかわからないし。 しばらく沈黙が続いたが、次第にクラス内の生徒たちがじりじりとにある一点に集中し始める。 もちろん、そこには他の生徒と同じように唖然とした朝比奈さん――そして、そのそばには見知らぬ女子生徒二人に、 あの何だか凄い人、鶴屋さんの姿もある。どうやらクラスの仲良しグループでお弁当タイムに入ろうとしていたらしい。 やがて集中する視線に耐えられなくなったのか、朝比奈さんがゆっくりと手を挙げてようとして―― 「はーい! みくるはここにいるけどっ、なんかよーなのかなっ?」 それを遮るように鶴屋さんが立ち上がり、ハルヒの前に立ちふさがった。昔から何となく感じていたが、 この人は朝比奈さんの防御壁の役割を果たそうとしているような気がする。 だが、ハルヒは鶴屋さんに構わずに、腕を組んで、 「じゃあ、とっとと教えなさいよ。朝比奈みくるってのはどこ?」 「おやおや、自分の名も名乗らない人にみくるを渡すわけにはいかないっさ。せめてキミの名前ぐらい教えてくれないかなっ? でないとみくるもおびえてちゃうからねっ」 相変わらず歯切れの良いしゃべり方をする人だ。それでいて、きっちり朝比奈さんを守ろうとしている。 この場合、どっからどうみてもハルヒが不審者だから、そんな奴においそれと朝比奈さんを渡せないということだろう。 正体不明の人間にほいほいとついていってはいけませんというのは、子供の頃からしっかりと学ばされている重要自己防衛策だし。 「あたしは涼宮ハルヒ。一年六組所属の新入生よ」 なぜかふんぞり返ってハルヒが言う。どうしてこいつは意味のなくこういう偉そうな態度を好むのかね。 さすがの鶴屋さんも驚きの顔を見せていた。だって下級生という話はさておき、入学式からまだ一週間しか経っていない。 つまりハルヒと俺はこないだ北高に入学したばかりの生徒であって――いやハルヒは何回目か知らんが、俺は3回目になるが―― そんなピッカピカの新米北高一年生がいきなり二年の教室に殴り込みに来たんだから、そりゃ驚くだろう。 しかし、やられっぱなしの鶴屋さんではあるわけもなく、ここで反撃の姿勢に転じる。 「おおっ、なるほど。今年の新入生かっ! じゃあ、せっかく二年の教室に来たんだし、あたしがあだ名をつけて上げようっ!」 「は? あ、えと、そんなことより……」 ハルヒは予想しない展開に持ち込まれて言葉を詰まらせているが、鶴屋さんはそんなことはお構いなしに、 うーんほーうと腕を組み頭を振るというオーバーリアクションで考え始める。 やがてぽんと手を叩き、 「ハルにゃん! うんっ、いいねっ。これで決定にょろ!」 「ハ……!? ちょ、ちょっと待ってよ!」 ハルヒはそのあだ名が相当恥ずかしく感じたようで顔を赤くして抗議の声を上げるものの、 鶴屋さんは胸を張って、いいよいいよ、のわはっはっはと愉快そうに笑い声を上げてそれを受け入れる気全くなし。 さすがのハルヒも困惑してきたのか、俺のネクタイを引っ張って顔を寄せ、 「ちょっと、この人何なのよ? あんたの知り合い?」 ここで知り合いというと違うというややこしい話だが、俺の世界の話に限定すると知り合いでSOS団名誉顧問だ。 ちなみにその役職与えたのはハルヒだぞ。鶴屋さんのことを偉く気に入っているみたいだからな。 ま、確かに竹を割ったような裏表がなく、かなりの大金持ちだってのに全く嫌味のない良い先輩だよ。 俺の返答に、ハルヒはふーんとジト目で返してくる。 が、ここでようやく向こうのペースに巻き込まれていることにハルヒは気がついたようで、あっと声を上げると 再度鶴屋さんの方に振り返り、 「ああもう、あたしのあだ名はそれでいいから朝比奈みくるって言うのはどこにいるのよ。あたしはその人に用があって来たの」 「ハルにゃんでいいのかよ」 「うっさい、キョンは黙ってなさい」 ぴしゃりと俺の突っ込みは排除だ。 鶴屋さんはフフンっと鼻を鳴らし、俺とハルヒの全身を空港の安全確認用赤外線センサーのごとく見て、 「みくるはここにいるけど何の用なのかなっ? 誘拐ならお断りだよっ!」 「そんなことしないわよ。ただどんなやつなのか見に来ただけ」 「見に来ただけ?」 「そ。見に来ただけ」 二人は顔をじりじりと近づけて威嚇しあっている。あの強力な自信に満ちた眼力をぶつけるハルヒ、それを疑いの半目視線で 応戦する鶴屋さん。うあ、なんか凄い攻防だ。いつの間にか、クラス内もしんと静まりかえって、二人のやり取りを 息を呑んで見守っている。 数分間に上る二人の静かな攻防戦は、鶴屋さんのふうっという溜息で幕を閉じた。どうやら彼女なりに 俺たちが朝比奈さんに害をなす不審人物ではないと判断したらしい。 いや……鶴屋さん? ハルヒはどうみても朝比奈さんに害を与えに来ているんですけど。 そんな俺の不安な気持ちも知らずに、鶴屋さんは朝比奈さんを指差しこちらへ来るように指示する。 朝比奈さんはしばらくおどおどしていたが、おぼつかない足取りでこっちにやって来て―― 「うきゃうっ!」 案の定、近くの机に脚を引っかけて倒れそうになる。しかし、それをまるで予知していたかのように 鶴屋さんが見事キャッチして床への落下を阻止した。ほっ、顔でもぶつけてその美しい女神の微笑みに傷ができたら、 俺も泣いて泣いて嘆きまくっただろうから、ナイスです鶴屋さん。 朝比奈さんはおずおずと鶴屋さんに抱えられて、ハルヒの前に立つ。しばらく腕をもじもじさせて下を向いていたが、 やがてゆっくりと不安げな表情をハルヒに向け、 「あ、あの……あたしが朝比奈みくるです……何かご用でしょうか……?」 か細く弱々しい声。しかし、久しぶりの朝比奈さんのエンジェルボイスに俺の脳の音声に認識回路は焼き切れる寸前だ。 いいなー、もうかわいくていいなー、もう! 一方のハルヒはそんな朝比奈さんの姿にしばし呆然と口を開けたまま、硬直している。 そして、次に短い奇声を上げた。 「か」 「……か?」 朝比奈さんは何なのか理解できず、首をかしげてハルヒの言葉を復唱した。 だが、すぐに悲鳴を上げることになる。なんせハルヒが飛びかかるように朝比奈さんに抱きついた。 「かわいいっ! 何これ可愛すぎ! ちょっとキョン、これどうなんてんのよ! うーあー、もう可愛くて抱きしめたりないわ!」 ハルヒは顔を真っ赤にして、感情を爆発させた。どうやら朝比奈さんの言葉にできない可憐さに脳みそが焼き切れてしまったか。 もうめっちゃくちゃにすると言うようにもみくちゃに抱きしめている。 一方の朝比奈さんはうひゃぁぁぁあと手を振り回して泣き叫ぶだけ。 ハルヒはそんな状態を維持しつつ俺の方に振り返り、 「ね、キョン。この子、うちに持って帰って良い?」 ダメに決まってんだろ。お前一人が独占して良い訳が――そうじゃなくて! 朝比奈さんをおもちゃ扱いするんじゃありません! 「じゃあ、せめてあたしのクラスに転入させましょう! 隣の席においておきたいのよ!」 朝比奈さんを勝手に落第させるな! その後、ハルヒの朝比奈さんいじりはエスカレートする一方だ。胸をでかいでかいとか言ってモミ始め男子生徒の大半が 目を背けることになり、または今度は耳たぶを甘噛みして女子生徒すら顔を真っ赤にして顔を背けるはめになったりと もう教室内はずっとハルヒのターン!って状態である。 やれやれ。世界は違うとは言え、趣味や趣向は全く変わらんな、ハルヒってやつは。しかし、これだけ弾けたハルヒってのも 久しぶりだ。前回の古泉の時は、相手が異性って事もあるんだろうがここまではやらなかったし。 一方鶴屋さんはうわっはっはっはと実に愉快そうに豪快な笑い声を上げているだけ。こういったことは、 鶴屋さんの考えでは虐待やいじめには含まれないようである。 この光景に俺はしばらく懐かしさ込みで呆然とそれを眺めていただけなのだが、いい加減これで話が進まないことに ようやく俺の思考回路の再稼働させて、 「おい、そろそろいい加減にしろ」 そう言ってハルヒを引きずり教室外へと移動する。だが、朝比奈さんをハルヒは決して離そうとしないんで、 結果ハルヒと朝比奈さんを廊下に引きずり出すはめになってしまう。とにかく朝比奈さんには申し訳ないが、 こっちにも目的があるんだからついてきてもらわなきゃならんし、これ以上上級生の教室内を フリーズさせたままにしておくわけにもいかんからな。 朝比奈さんをいじくり倒すハルヒを何とか廊下まで連れ出すと――一緒に鶴屋さんもついてきている―― 「おい、本来の目的を忘れているんじゃないのか? そんな事しに来たんじゃないだろうが」 「んん? おっと、そうだったそうだった」 ハルヒはようやく萌えモードから脱したのか、口に含みっぱなしだった朝比奈さんの耳たぶを解放すると、 ばっと朝比奈さんの前に仁王立ちになり、 「ねえ、あたしと付き合ってくれない?」 「はうぅぅぅ……ええっ!?」 ハルヒのとんでもない言葉に、朝比奈さんはいじくられたショックに立ち直るどころか、 さらなる追い打ちをかけられてしまった。 っておいおい。それじゃ別の意味に聞こえちまうだろうが。ああ、でもそういやこいつ最初にあったとき辺りに、 変わったものだったら男だろうが女だろうが――とかいっていたっけ。ひょっとしたらバイの気が……ああ、何考えてんだ俺は。 「ようはハルヒや俺と一緒につるみませんかって言っているんです。いえ、別にどこかの部に入ろうとかでなくてですね、 朝比奈さんの噂を聞きつけてぜひ友達になりたいと、このハルヒが――」 「何よ、あんたも鼻の下伸ばしてぜひとも!と言っていたじゃない」 人がせっかくフォローしている最中に余計な突っ込みを入れるな。 俺はオホンと一旦咳払いをして会話を立て直すと、 「とにかくですね。俺たちはあなたと友達になりたいんです。いきなり言われて困惑してしまうでしょうが。 ご一考願えないでしょうか?」 いきなり押しかけて友達になれなんて、頭のネジがゆるんでいるか社会的一般常識が著しく欠落しているやつの やることだと俺自身ははっきりと認識しているんだが、善は急げというのがハルヒの主張だ。 とっとと朝比奈さんを仲間内に入れて、未来人の動向を探る。その目的のためには、確かに朝比奈さんをそばに置いておくのは 間違っているとは思わないが、いくら何でも性急すぎるんだよ、こいつのやることは。 さてさて。こんな不躾で無礼で一方的な頼みに朝比奈さんはオロオロするばかり。保護者代わりと言わんばかりに 立ち会っている鶴屋さんも笑顔で見ているだけ。彼女の判断に任せると言うことなのだろう。 だが、そんなもじもじした姿勢を続けていたら、脳神経回路が判断→行動→思考になっているハルヒが黙っているわけがない。 「ああっもうじれったいわね! とにかく最初が肝心なのよ、最初が! ってなわけで今から一緒に学食でお昼ご飯を食べない?」 また唐突なことを言いだしやがった。最初のコミュニケーションとしては間違っていないと思うが。 だが、朝比奈さんはちらちらと鶴屋さんと教室内のお弁当グループに視線を向けて、 「でもでもそのぅ……あたし一緒に食べる約束をしたお友達がいますので……」 そりゃそうだな。朝比奈さんとしては、クラス内の関係維持のためにもクラスメイトとのお弁当の方が何かと都合が良いだろう。 ハルヒはちょっといらだつように髪の毛をかきむしり、 「じゃあ、今日学校が終わったら一緒に帰るって言うのはどうよ?」 「あ、あたし実は書道部に入っているんで帰りは少し遅くなるんです……」 ハルヒはその初耳だという情報に、何で教えなかったと俺を目で睨みつけてきた。 ああ、そうだすっかり忘れていた。朝比奈さんは書道部だったんだっけ。その後ハルヒに拉致られて、結局SOS団入りしたが、 その理由が長門がいたからだったはずだ。そうなると、SOS団もなく長門もいない状況で朝比奈さんに書道部を辞めてもらうのは かなり難しいだろう。元々ハルヒに直接接触するつもりじゃなかったようだからな、朝比奈さんは。 さーて、面倒になってきたぞ。どうする? ここで鶴屋さんが朝比奈さんの肩を叩き、 「あたしとみくるは一緒に書道部に入っているんだよ。一年生の時からの付き合いさっ。現在も部員絶賛募集中!」 ほほう、確かに朝比奈さんに――失礼ながら、ちょっと書道というものは路線が違うんじゃないかと思っていたが、 鶴屋さんとのつながりがあったのか。確かに彼女が和服姿で筆と墨を持って正座で達筆な字を書いているのは容易に想像しやすい。 と、ここでハルヒがぽんと手を叩き、 「わかったわ。じゃあ、あたしとキョンも書道部に入部させてもらう。それなら文句ないでしょ?」 ……本気か? しかも俺まで巻き込まれているし。正座して字なんて書きたくないんだが。 だが、この提案に鶴屋さんが同意した。 「おおっ、それなら話は早いさっ。これでみくるともお付き合いできるし、うちも書道部も新入部員をゲットできて 両者ともに目的が果たせるよっ。でも入部するからにはきちっと部活動に参加してもらうからねっ」 あーあ、話が勝手に進んでいる。 俺はぐっとハルヒを引き寄せ、 「おい、いいのかよ。お前字なんて書けるのか?」 「大丈夫よ。あんなの墨と筆があれば何とかなるわ」 根拠もないのに自信満々に語るな、書道をなめるんじゃないと説教してやりたい。 が、字の汚さで有名な俺の俺が言えるはずもなく。 やれやれ。今回は書道部入部決定か。こんな調子じゃSOS団への道のりはアメリカフロンティアの進んだ距離より長いぜ。 と、ここでハルヒは腹をなで下ろしたかと思うと、 「あ、何かお腹空いて来ちゃった。じゃ、あたし学食に行ってご飯食べてくるから。じゃあまた放課後! 入部届を持って行くから待っててね!」 そう言ってばたばたと学食に向けて走っていってしまった。なんつー自己中ぶりだよ。まるでスコール大襲来だな。 俺はとりあえず朝比奈さんと鶴屋さんに頭を下げつつ、 「いきなりとんでもない頼みをしてすみません。あいつ、一旦思いついたら誰も止められなくなるんですよ」 「良いって良いって! みくると友達になりたいって言うなら大歓迎だよっ、それに書道部も新入部員を会得しないと いけなかったからねっ!」 「あ、はい。あまり人気のない部活なので、人が増えるのはちょっと嬉しいです。涼宮……さんが入ると にぎやかになりそうですし」 「そう言ってもらえると助かります」 全く寛大な心を持った人たちで助かったよ。一般常識が厳しめの人ならどんな文句を言われていた事やら。 「じゃあ、朝比奈さん、鶴屋さん。すいませんが、また放課後よろしくお願いします」 「はいわかりました、キョンくん」 「じゃあまた放課後にっ。じゃあねキョンくん!」 俺たちはそう言葉を交わすと、それぞれの教室に向かって歩き出した。しかし、一つ重要な問題が起きてしまっている。 ……やれやれ。自分で名乗る前に、あだ名で呼ばれるようになっちまったよ。 さて、何でこんな展開になっているのかまるっきり説明していなかったから、とりあえず俺が昼飯を食っている間に 回想モードでどうやってここまで来たのか振り返ってみることにしようかね。 ……… …… … ◇◇◇◇ 「未来人?」 「そうだ、未来人。お前が俺を見つけたときに一緒にいただろ? 茶色っぽい長い髪の小柄な女の人が」 「ああ、あのちっこくて可愛い子のこと。ふーん、あの子が未来人ねぇ……全然そういう風には見えなかったけど」 お前にとっての未来人ってのはどんな姿をしているんだ。やっぱりリトルグレイか謎のコスチュームに身を包んでいるのか。 まあ、俺としても何で朝比奈さんが未来から送り込まれてきたエージェントなのかさっぱりわからん。 失礼ながら言わせてもらうと、どう見てもそういった危険の伴う任務には不釣り合いだろ。俺がどうこう言っても仕方がないが。 機関の反乱により崩壊した世界をリセット後、俺とハルヒは時間平面の狭間で次についての打ち合わせを進めていた。 幸いなことにリセットは無事成功し、情報統合思念体もハルヒの力の自覚を悟られていない状態に戻っているとのこと。 だが、ふと思う。 あんな地獄絵図の世界が確定したらたまらなかったから良かったと言える。しかし、考え方を変えれば、機関は人類滅亡を 阻止したとも言える。それは成功例と言えないか? 少数を切り捨てたとは言え、大多数は生存できたんだから…… いや、あんなことが平然と行われる世界なんて許されて良いわけがない。一体機関の攻撃で何千人が 死ぬことになると思っているんだ。 「ちょっとキョン。ちゃんと聞いているの?」 ハルヒの一声で俺はようやく目を覚ます。今更どうこう考えたって無駄だろうが。リセットしちまった以上は、 次の世界をどうするのかに集中すべきだろ? 俺は自問自答を終えると、ハルヒとの話に戻る。 「えーとどこまで話したっけ?」 「あんたの世界には未来人がいたって事だけよ。しっかりしてよね」 ハルヒはあきれ顔を見せるが、俺は無視して、 「とにかくだ。前回の機関を作った世界には未来人――正確には朝比奈みくるという人物はいなかった。 これも機関の超能力者と同じように、何かお前が手を加える必要があるって事になる」 「それがなんなのかわからないと話にならないわよ?」 ハルヒは団長席(仮)に座り、口をとがらせる。 確かにその通りだ。機関の超能力者はハルヒの情報爆発と同時に発生したと言うことを古泉から耳にたこができるぐらい 聞かされていたからわかりやすかったが、未来人が誕生したきっかけは何だ? 何度か朝比奈さん(大)の既定事項とやらを こなすためにいろいろ手伝わされたが、あれはハルヒとは直接関係のない話ばかりだった。ならそれ以外で何か…… ――俺ははっと思い出した。学年末にSOS団VS生徒会を古泉にでっち上げられて作った文芸部の会誌。 あの最後にハルヒが書いていた難解極まりない意味不明な論文が載っていたが、朝比奈さん曰くあれが時間移動の基礎理論に なったと言っていた。そして、朝比奈さん(大)の既定事項を考えると、やるべき事は一つだ。 「なあハルヒ、お前の近所に頭の良い年下の男子はいなかったか? たまに勉強とか教えていたり」 「んん? ああ、ハカセみたいな頭の良い男の子はいたわよ。家庭教師ってほどの事もないけど、確かにたまに勉強を 教えてあげていたわね。それがなんかあるわけ?」 よし、ならいけるはずだ。 「そのハカセくんに時間移動の理念を示した――なんだ論文みたいなのを書いて渡してくれ。それで未来人は生まれるはず」 「ちょ! ちょっと待ってよ! あたしだって情報操作とか情報統合思念体について理解している訳じゃないのよ!? ただ何となく使えるってだけで、それを字にして表せなんて無理よ、絶対無理無理!」 ここまで仰天するハルヒも珍しい。良いものが見れたと思っておこう。だが、それをやってもらわないと あの秀才少年に時間移動の理論が届かず、朝比奈さん(大)の未来も生まれない。亀やら悪戯缶、メモリーについては 朝比奈さん(大)の方から動きが出るだろうよ。あっちも既定事項とやらをこなすのに必死みたいだしな。 大元さえきっちりしておけば、後は勝手に広がる。機関と同じだ。 「そんなこといわれてもなぁ……どうしよ」 いつの間にやら紙とペンを用意したハルヒは、ネームに困った漫画家のように頭を抱えている。 なあに深く考える必要はないんだよ。俺の世界のハルヒだって、どう見ても思いついたまま書き殴っていたし、 俺が呼んでも耳から煙が立ち上るだけで全く理解不能な代物だったし。 「そりゃ、あんたがアホなだけじゃないの?」 「うるせぇ。さっさと書け」 そんなちょこざいな突っ込みをしている間に、がんばって書いてくれ。それがなきゃ始まらん。 ハルヒはうーんうーんと本気で唸りながら、得体の知れない図形や文字を落書きのように紙に書き始める。 だが、すぐにわからんと叫びくしゃくしゃに丸めては書き直し。 この調子だと当分かかりそうだな。やれやれ…… どのくらいたっただろうか。暇をもてあましたため、いつの間にやら椅子の上で眠っていた俺の脳天に一発の強い衝撃が走った。 完全な不意打ちだったため、俺の目から火花が飛び散ったかと思うほどに視覚回路に光の粒が発生し、 思わず頭を抱えてしまう。 「何しやがる……ん?」 抗議の声を上げるのを中断して見上げると、そこには仏頂面のハルヒの姿があった。その手には数十ページの紙の束が 握られていた。 「全く……人が頭を抱えているのにぐーすか眠っているとは良いご身分ね。ほら、あんたのご注文通り作ったわよ。 人が読めて理解できる代物かどうか保証はできないけど」 相当疲れがたまっているのか、半分ドスのきいた声になっている。俺はハルヒの書いた時間移動の論文をざっと見てみたが、 ………… ………… ……こ、これは確かこんな感じだったような憶えがあるが、今読んでもさっぱり意味不明だ。謎の象形文字と ナスカの地上絵もどきが大量に並びまくる宇宙からの電波をキャッチしてそのまま文字化したような得体の知れない カオスさである。あの少年は本当にこんなものから一瞬のひらめきを見つけられるのか? 全く天才ってのは 得体の知れない生き物だ。 ハルヒは達成感に身を任せうーんと一伸びしてから、 「何か疲れちゃったわ。それを使うのは一眠りしてからにするわね」 そう一方的に言い放つと、そのまま団長席(仮)に突っ伏してしまった。ほどなくしてかすかな寝息が聞こえ始める。 全く何だかんだで努力は惜しまないやつだ。どんなことでも全力投球、中途半端は大嫌い。わかりやすいったらありゃしない。 俺はとりあえず制服の上着をハルヒに掛けてやると、暇つぶしにハルヒの意味不明カオス論文の解析をやり始めた。 ◇◇◇◇ … …… ……… 以上回想終わり。そんなこんなでハルヒがあの少年にこっそりと論文を渡した結果、うまい具合に北高二年生に 朝比奈さんがいましたってわけだ。 ただし、それを少年の手に渡したのは、俺の世界では学年末ぐらいだったがハルヒが善は急げ!とか言って とっとと渡してしまった。ハルヒ曰く、高校一年のその時期まで情報統合思念体の魔の手から逃れて無事に過ごせる可能性は かなり低い――というか一度もなかったそうな。中学時代を乗り切るのはもう完全に可能になったものの、 高校になってからの情報統合思念体やその他の勢力――俺の知らないいろいろな勢力がいたりしたらしい――がちょっかいを出して それで結果ご破算になってしまうということ。朝倉の暴走もその一つに含まれているらしい。 結果予定を繰り上げて、入学前にあの少年に論文を渡すことになったわけだ。まあうまくいったから良いんだが。 「よっし、じゃあ乗り込むわよ!」 「そんなに気合いを入れて、殴り込みにでも行くつもりか?」 元気満々のハルヒに続いて、俺は嘆息しながらそれに続く。ドアの向こうは書道部の部室だ。 放課後、俺たちは約束通りここに入部するためにやってきたってわけさ。 「こんにちわ~! 入部しに来ましたー!」 でかい声でハルヒが部室に入ると、数名の書道部部員たちの注目の視線がこちらに集中した。 その中にはすでに朝比奈さんと鶴屋さんの姿もある。二人とも手を振っていた。 中には朝比奈さんたち二人を含めると、あと三人しかいない。まあ書道部っていう地味な活動を考えると 最近の若いモンには不人気な部活かも知れないから無理もないか。活字離れどころか、ワープロやパソコンの普及で 手書き文字すらなくなっている時代である。かく言う俺も相当な悪筆だけどな。 しかし、見れば全員女子部員ではないか。しかも容姿のレベルも中々高い。まるでハーレム気分だっぜ。 事前に朝比奈さんたちから話を聞いていたのか、部長らしい三年生が俺たちに仮入部の紙を手渡してくる。 さすがにいきなり入部って訳にはいかないらしい。大体、先週入学式があったばかりだしな。一年の大半もまだ部活を 探している生徒は大半だが、いきなり本入部っていう人間はスポーツ推薦でやって来た奴ぐらいで、大抵は仮入部だろう。 俺たちはさっさと仮入部の用紙にサインを入れると、とりあえず部室内を一回りしてどんな活動なのか紹介を受ける。 やっていることは単純で、普段は習字の練習を行い、たまに校内の掲示板に作品発表を行ったり、市で開催されている 展覧会っぽいものにできの良い作品を送ってみたりと、まあごく普通の地味な活動内容だ。ああ、そういえば、 今日北高の入り口におかれていたでっかい看板の文字もこの部で制作したものとのこと。書いたのは鶴屋さん。 すごい美しく見栄えのある文字だったことを良く憶えている。 「いやーっ、そんなにほめられるとテレるっさっ! でも、あのくらいでもまだまだにょろよ」 鶴屋さんは照れ笑いを続けている。一方のハルヒは部長の説明も聞かずに朝比奈さんをいじくりまわしている始末だ。 さすがに見かねた書道部部長(女子)が俺の耳元で、彼女は大丈夫なの?と聞いてくるが、 「あー、あいつはああいう奴なんて放っておいて良いですよ。むしろ関わるとやけどするタイプですから」 俺があきらめ顔でそう答えると、書道部部長は不安げな表情をさらに強くした。こりゃ結構心配性のタイプだな。 ハルヒには余り心労をかけるなよとこっそり言っておこう。 ついでにそろそろ止めておくか。 「おいハルヒ。朝比奈さんを弄って部活動の妨害はそれくらいにしておけ。余り酷いと退部にされるぞ」 「えー、でも凄いのよ。フニフニなのよ! あんたも触ってみればわかるわ」 何がフニフニなんだ。いやそんなことはどうでも良いからとにかくやめろ。 俺は無理やりハルヒの襟首をつかんで、朝比奈さんから引き離す。ハルヒはえさを止められた猫のようにシャーと 威嚇の声を俺にあげているが、 「まあいいわ。別に今日一日だけって訳じゃないしね」 「ふええぇ、毎日これやるんですかぁ?」 いたいけな朝比奈さんのお姿に俺も涙が止まらないよ。とにかく、仮入部とは言え入部したんだからきっちり部活動に 専念するんだぞ。朝比奈さんいじりは決して部活動の内容に入っていないんだから。いいな? 「部活動ねぇ……ようは墨で字を書けばいいんでしょ?」 子供の頃に中々うまくいかず、オフクロと一緒に泣きながら夏休みの課題の習字をやっていた俺から言わせると、 習字をなめるなと一喝してやりたい余裕ぶりだ。 ハルヒは手近な部員から習字一式を借りると、さっさと軽い手つきで書き始める。 そして、できあがったものを俺の方に掲げてきた。 「これでどうよ?」 まあなんだ。素直に言えば旨いな。しかし、書いてある文字が『バカ野郎』なのは俺に対する当てつけのつもりか? もう少しマシな書く内容があるだろう? ハルヒは俺の反応を受けて再度別の文字を書き始める。 そして、得意げな笑みを浮かべて掲げた作品『みくるちゃんラブ』――だからそうじゃねえだろっ! 「あのな、もうちょっとふさわしい文字があるだろ? 例えば、『祝入学』とか『春一番』とか」 「なによ、そんな普通の書いてもおもしろくないわ」 真性の変りもんだこいつ。普通の人と同じ事をやるのは自分のプライドでも許さないのか? ただし、その字は確かにうまい。俺の捻り曲がった不気味な字に比べれば雲泥の差だ。 俺はてっきり字の内容はさておきその技術には他の部員も感心していると思いきや…… 「うんっ、なかなかのないようだと思うよ。もうちょっと練習すればかなりうまくなるんじゃないかなっ」 鶴屋さんの言葉。決して絶賛ではない。どちらかというと、もうちょっと努力しましょうという意味である。 朝比奈さんや書道部部長(女子)も同意するように頷いていた。 ……つまりハルヒのレベルは実は大したことない? そこにちょうど顧問らしき教師がやってきた。部員の様子を見に来たらしい。 仮入部の俺たちの紹介を書道部部長(女子)が説明すると、ふむといってハルヒの書いたものをまじまじと見始めた。 そして、こう論評する。 まだ慣れていない部分が大きいね。そのために全体的に荒く自己流の悪いところが出ている。 さあこれを聞いたハルヒがどうなるかは、こいつの性格を知っていればすぐにわかるだろう。 世界一の負けず嫌い、相手に自分を認めさせる、あるいは勝つためにはどれだけの努力も惜しまない。 それが涼宮ハルヒという人間の性格である。 即座に習字に必要な一式をそろえるために専門店の場所を聞き出し、何を買えばいいのか、どこのメーカがお勧めか 顧問・部員に聞き出した後、俺もほっぽって学校から出て行ってしまった。店が開いているうちに、道具を買いそろえに 行ったんだろう。全く発射された弾丸みたいな奴だ。本来の目的忘れていないだろうな? 一同唖然とする中、さすがに居心地の悪くなってきた俺も帰宅の途につかせてもらうことにした。 その前に一応朝比奈さんに挨拶しておくことにする。 「今日はいろいろお騒がせして済みませんでした。しばらくご厄介になりそうですけど」 「ううん、大丈夫。きっとこれがこの時間――あ、えっと、そのとにかく大丈夫です」 危うくやばい話を暴露してしまいそうになってもじもじする朝比奈さんのもう可愛いこと可愛いこと。 ハルヒ、一度で良いからお前の身体を貸してくれ。そうすりゃ朝比奈さんを本気で抱きしめて差し上げられるからな。 あと朝比奈さんはすっと俺の耳に口を寄せて、 「それからどうぞあたしのことはみくるちゃんとお呼び下さい」 以前にも聞いたその言葉に、俺はめまいすら憶えるほどの快楽におぼれてしまった。 ◇◇◇◇ さて翌日の朝。俺は駐輪場前でハルヒと合流して、北高への強制ハイキングを開始する。しかし、この上り坂も 入学した当時は本気でうんざりさせられたものだが、今では慣れっこになっている自分の適応能力もなかなかのものだ。 ハルヒの片手には昨日買い込んできたと思われる書道部必需品セットが詰まった紙袋が握られていた。 本気でやる気になっているらしい。 「あったり前よ。あんな低評価のままじゃあたしのプライドが許さないわ! それこそ世界ランキング堂々一位に輝くほどの ものを書いてやるんだから!」 おいおい。熱中するのは構わんが、本来の目的を忘れるんじゃないぞ。 「何言ってんのよ。あたしは情報統合思念体がちょっかい出してこないように平穏無事に暮らせればそれで良いのよ。 だから書道部で世界一位を取ったって別に何の不都合もないわ。あたしから何かやるつもりはさらさらないんだからね」 その言葉に俺ははっと我を取り戻す。確かにそうだ。ハルヒの目的はそれであって、別にSOS団結成とか 宇宙人・未来人・超能力者を集めて楽しく遊ぶことではない。むしろそっちにこだわっているの俺の方じゃないか。 いかん。すっかり目的と手段が入れ替わっていることに気がつかなかった。 とは言っても俺の目的にはそいつらと一緒に仲良くすることは可能だと証明する事もあるんだから、なおややこしい。やれやれ。 と、ハルヒは思い出したように、あっと声を上げると俺に顔を近づけ、 「前回のことを考慮して、あんたに予防措置をやってもらうことにしたから」 「……嫌な予感がするが、その予防措置ってのが何なのか教えてもらおうか」 「簡単にわかりやすく言ってあげるから、一度で頭の中にきっちり入れなさい。まず、あんたの意識を2分先の未来と 常に同期しておくようにするわ。つまりあんたの意識は常に2分先の未来を見ていて、あんたが望めば元の時間に戻れるってこと」 うーあー、全然わからん。もうちょっとわかりやすく教えてくれ。歴史的などうでも良い雑学は昔にはまった関係で そこそこあるがSF科学についてはさっぱりなんだ。 ハルヒは心底呆れたツラを見せて、 「厳密には違うけど、あんた予知能力を与えたって事。それならわかるでしょ?」 おお、それなら俺でもわかったぞ。ってちょっと待て。 「何で俺がそんな役目を担わなきゃならんのだ? お前がやった方がいいだろ」 「あたしが予知能力なんて堂々と発揮していたら、即座に情報統合思念体に感づかれるわよ。だからあんたなら、 偶然、あるいは本当に未知の能力を持っているとして片づけられるはずよ。ただし、無制限って訳にもいかないから」 「なんかの条件とかあるのか?」 「予知能力が使えるのは二回まで。仮にも時間平面の操作を行うに等しい行為なんだから、余り連発すると 情報統合思念体も不審に思い始めるだろうから。二回予知したら、自動的にあんたからその能力は削除されるわ。 だからこの予知能力は切り札よ。安易には使わないで。宝くじとか競馬とかなんてもってのほか、論外よ! 二回目を使ったときはリセットを実行するときだと思っていなさい。わかったわね」 「使い方がわからんぞ」 「簡単よ。戻れって強く念じればいいだけだから」 ついに俺までハルヒ的能力者の仲間入りかよ。限定的だから情報統合思念体に抹殺されるって事はないだろうが、 どんどん一般人から離れていくことに自分に対して哀愁を禁じ得ない。さらば凡人の俺、フォーエバー♪ 俺たちはどんどん坂道を歩いて北高に向かっている。考えてみれば、意識はもう北高間近まで迫っているところにあるが、 俺の身体自体はまだ数十メートル後ろを歩いているって事になるのか。なんつーか、幽体離脱でもしている気分だ。 ところで、予知ってのはどういうときに使えば良いんだ? 前回の機関強硬派反乱みたいな自体だったら即座に 阻止するべき行動を取るが、今回の世界は機関はいないし時間という概念が俺たちとは異なる情報統合思念体に通じるのか わかったものじゃない。せいぜい、目の前で事故が発生したらのを阻止するぐらいしか…… ――唐突だった。俺の前方百メートルぐらいを歩いている一人の男子生徒が突然北高側から走ってきた乗用車に はねとばされたのは。しかも、その男子生徒はただ歩道を歩いていただけなのに、その乗用車がねらい澄ましてきたように 歩道に割り込んできたのだ。 しばし一帯が沈黙に包まれる。あまりに突然のことだったので、誰も何が起きたのか理解できなかったのだろう。 やがて、はねた自動車は止まることなく車道に戻ると、猛スピードで俺のそばを通り抜けていった。 同時にようやく事態を飲み込めた北高生徒たちの悲鳴が辺り一面にわき起こる。 はねられた男子生徒はその衝撃で車道まで転がり、中央分離線辺りで間接が崩壊した人形のようにありえない形で 倒れ込んでいる。辺り一面にはじわりと多量の血がアスファルトの上に広がって言っていた。 俺はしばらく呆然としていたが、とっさに戻れ!と叫んだ。思考よりもさきに感覚的反射でそう言った。 ――唐突に起こるめまい。そして、次の瞬間、俺の視界には二分前俺が見ていた光景が広がっている。 まだ事故も発生せず、北高生徒たちが和気藹々と坂を上って行っている。 俺は自然と足が動いた。さっき――いや、もうすぐはねられる予定の男子生徒まで百メートル。俺はそいつに向かって一目散に 走り出す。 「――あっ、ちょっとキョン! どうしたのよっ!」 突然の俺の行動に、ハルヒは声を上げて追いかけてきた。事情なんて説明している暇はねえ。目の前で起きる予定の事故を 阻止するだけで俺の頭は精一杯だった。 俺は事故を目撃してから数十秒――多分一分ぐらい思考が停止していたに違いない。そうなると、事故発生からは 一分ぐらい前までしか戻れない。あの男子生徒とは百メートル離れている。自慢じゃないが、帰宅部を続けてろくに運動していない 俺の足だと何秒かかる? ようやく半分の距離まで詰めた辺りで、北高側から一台の乗用車が走ってきているのが見えた。あのひき逃げをやった乗用車だ。 いかん、思ったよりも俺の呆然としていた時間は長かったのか? 「キョン! あんた一体なにやってんのよ!」 俺が全力で突っ走って息も絶え絶えになっているのに、俺の隣にはあっさり追いついてきたハルヒが大した疲労も見せずに 併走していた。だが、説明している暇も余裕もない。 ハルヒは必死に走る俺の姿に勘づいたらしい、 「あんたまさか……!」 「その通りだ!」 俺はそう言い返すと、震え始めている足をさらに加速させた。乗用車はすでに歩道へと割り込みを始めている。 もう少し。もう少しで……! ぎりぎりだった。本当にぎりぎりのタイミングで俺はその男子生徒の身体をつかむ。目の前に迫る乗用車に呆然としていた 男子生徒はあっさりと俺の腕に全く抵抗することなく身体を預けた。 俺は悲鳴を上げる足首を完全に無視して、車道側へと大きく飛び跳ねる。 その刹那、乗用車が俺と抱えている男子生徒の数センチ横を通り過ぎていった。 回避した。間一髪のところでこの男子生徒のひき逃げを阻止することに成功した―― だが、甘かった。歩道は車道の反対側は壁になっていたため、とっさに車道側に飛び跳ねてしまったが、 狙ったかのように俺たちの前に後続車である大型の引っ越し屋のトラックが迫っていた。 嘘だろ。せっかく避けたってのに、なんてタイミングが悪いんだよ―― 俺は観念して次に来るであろう全身への強烈な衝撃に備えて目を瞑った。 痛みはすぐに来た。しかし、全身ではなく俺の背中に誰かが思いっきり蹴りを入れたようなものだった。 その衝撃で思わず男子生徒が腕から抜けてしまっていることに気がつく。あわてて目を開いて状況を確認しようとするが、 その前に路面に身体が落ちたらしく勢いそのままに身体が転がり続け、固い何かが俺の背中にぶつかってようやく回転が止まる。 痛みと衝撃に耐えながら目を開けて振り返ると、俺はさっきまで歩いていた歩道の反対側のそれの上にいた。 背後には電柱がある。こいつのおかげで止まったのか。 だが、助けた男子生徒はどこに行った? それを確認すべくあたりを見回すと、俺のすぐ目の前を滑るように ハルヒが着地するのが目に止まる。勢いを減速するかのように、両足でしばらく路面を滑っていたが程なく摩擦力により その動きも停止した。見れば、ハルヒの脇には轢かれる予定だった男子生徒の姿もある。 つまり最初の轢き逃げを避けた俺たちだったが、さらに今度はトラックにはねられそうになったのを、 ハルヒが俺を蹴飛ばして逃がし男子生徒をつかんでかわしたってことか。あの一瞬でそれをやってのける――しかも、神的パワーを 使った形跡もなくできるなんて心底化け物じみているぞ、こいつは。 ハルヒはすぐに俺の元に駆けつけ、 「大丈夫、キョン!? 無事!?」 「あ、ああお前に蹴られたのが一番いたかったぐらいだ」 俺は別に抗議したつもりじゃなかったが、ハルヒは顔をしかめて脇に抱えた男子生徒――どうやら気絶しているらしい――を さすりながら、 「仕方ないじゃない。あんたとこいつ、二人を抱えるのは無理だったんだから。助けてもらった以上、礼ぐらいは欲しいわね」 「ああ、すまん。そしてありがとな、ハルヒ」 ハルヒはアヒル口でわかればいいのよと、男子生徒を歩道の上に寝かせる。やがてこの一瞬の大アクション劇に、 一方からは惨劇寸前だったための悲鳴と、見事な救出劇に対する拍手喝采が起きていた。 やれやれ、これでしばらくは注目の的だな。 だが、ハルヒはぐっと俺に顔を近づけ、 「あんだけ慎重に使えって言ったのに……使ったわね? 予知能力」 あっさりと見破ってくる。 仕方ないだろ。目の前で事故が起きようとしているのを阻止するのは、一般常識を持った人間なら当然の行為だ。 だが、ハルヒは納得していないのか、何かを問いつめるように言おうとしたがすぐに口をつぐんだ。代わりに、背後を振り返り 北高生徒たちが並んでいる歩道の方へ視線だけを向けた。そして言う。 「とにかく! この件の続きは後で話す。今は一切余計なことをしゃべらないで。事後処理に努めなさい。多分もうすぐ 警察や救急車も到着するだろうから」 ハルヒの言葉には強い警戒心が込められていた。それもそのはずで、俺たちを見ている北高生徒たちの中に、 あの朝倉涼子と長門有希――情報統合思念体のインターフェースの姿があったからである。やばいな、救出劇を切り取って 今の俺の行動を見てみれば、明らかに俺は不審な行動を取ったと誰でもわかることだろう。ハルヒはこれ以上のボロを出すなと 言っているんだ。 「それから、恐らく朝倉あたりはあんたに接触してくるはずよ。やんわりと予知したんじゃないかみたいなって事を言ってね。 学校についてそれを言われるまでにきっちり納得できる説明をでっち上げて起きなさい。いいわね」 ハルヒは俺の耳元にさらに口を寄せて話した。 程なくして誰かが通報したのだろう、救急車のサイレンがけたたましくこちらに近づいてくるのが聞こえてきた―― ◇◇◇◇ 俺とハルヒは警察とかの事情聴取――逃走中の乗用車の特徴・ナンバーは見ていないかとか――をようやく終え、昼休みに 自分のクラスの席に座ることができた。助けた辺りの状況についてはハルヒがうまい具合にごまかしてくれたおかげで、 予知能力についてボロを出さずに乗り切ることもできた。 ハルヒは程なくしてどっかに出て行ってしまうが、俺は机の上に弁当を取り出してとっとと昼食を取ってしまおうとする。 そこにここ一週間ぐらいでぼちぼち話す頻度も増えてきた谷口が国木田を伴ってやって来て、 「おいキョン、何か今朝は大変だったみたいだな」 「ああ、事故に巻き込まれて散々だった。ま、けが人もなくてよかったけどな」 しかし、谷口はどっちかというと事故よりも別のことについて興味津々らしい。突然にやついた表情に フェイスチェンジしたかと思えば、 「ところでよー。お前涼宮と一緒に朝登校しているらしいんだってなー。まさかお前らつきあってんのか? いや、そうでないと説明がつかねーよなぁ?」 「何でそんな話になるんだ。別にあいつと付き合っている訳じゃねぇよ。ただ一方的に振り回されているだけだ」 だが、俺の反論を完全に無視して今度は国木田まで、 「キョンは昔から変な女が好きだからね。そう言えば、彼女はどうしたんだい? てっきりあのまま続くと ばっかり思っていたんだけど」 「なにぃ!? お前二股してんのかよ!? 許せねえ奴だ。今すぐ俺が成敗してやる」 「違うって言っているだろうが。国木田も誤解を招くようなことを言うんじゃない」 勝手な妄想を並べて推測のループに突入する二人を諫める俺だが、こいつら全く俺の話に耳を傾けるつもりがねえ。 しかし、この世界でもあいつはいるんだな……一応、連絡ぐらい取っておくか? 俺の世界の時のように正月まで 放置っていうのもなんつーか後ろ髪を引かれる思いだからな。 さて、ここで真打ちの登場だ。俺と谷口、国木田の馬鹿話の間に、あの朝倉涼子が割って入ってくる。 あいつもあの現場にいたから確実に何か聞いてくるだろう。 「あら、あたしもてっきりあなたと涼宮さんが付き合っているものばかりだと思っていたけどな。 毎朝一緒に登校してくるぐらいだし」 それに対する反論はさっきしたばっかりだからもういわんぞ。 朝倉はお構いなしに続ける。 「でも、実はあたしもあの現場にいたのよね。突然あなたが背後から走ってきたかと思ったら、突然すぐ目の前の男子生徒を つかんで大ジャンプするんだもん。さらに、飛び跳ねた方に今度はトラックが突っ込んできたときはもうダメかと思ったけど、 涼宮さんが凄いファインプレーで二人を救出。まるで映画でも見ているようだったわ」 いつもの柔らかな笑みを浮かべる朝倉。さてさて、そろそろ言ってくるかな。いいか俺。慎重にだぞ、慎重に…… そして、朝倉は核心について話し始める。 「でも、どうしてあの男子生徒が事故に巻き込まれるってわかったの? あなたが走ってきたときには はねようとした車に不審な動きはなかったわ。まるであなたは事故が発生するのをわかっていたみたい」 「へー、キョンって予知能力があったんだ。中学時代から付き合いがあったけど、知らなかったよ」 国木田が言ってきたことは冗談めいているから相手にする必要なし。問題は朝倉の方だ。そのために、ハルヒの知恵も借りて それなりの理由を事前に準備してある。 「最初に言っておくが、俺があの男子生徒を助けられたのは完全な偶然だぞ。俺は朝ハルヒに言われて宿題をするのを忘れていた 事に気がつかされて、あわてて学校に向かっていただけだ。一時限目のものだったからな。早く言って適当に 少しでもやっておかないとどやされるし。それで途中で突然自動車が突っ込んできたら、とっさに近くにいた生徒を抱えて 逃げようとしたんだよ。だから走っていたのは別に事故を回避するためじゃない。まあ幸い――けが人がなかったからと言って 仮にも事故が起きかけたことを幸いって言うのもアレだが、警察の事情聴取とかで一時限目は出れなかったから、 宿題の問題は回避されたけどな」 「ふーん、ただの偶然だったって訳なんだ。だったらますますファインプレーよね。予測もしていないのに、あんな行動が取れる あなたに脱帽しちゃう」 これは嫌味なんだろうか。それとも正直な感想? 朝倉の変わらぬ笑みからは真意を読み取ることはできなかった。 ただこれ以上その件で追求するつもりはないらしく、それだけ聞き終えるとまた女子グループの中に戻っていった。 やれやれ、一応バレ回避はできたようだな。 と、ここで谷口が俺の前に割り込み、 「そうだキョンよ、お前部活どうしたんだ?」 「ん、書道部にすることに決めた。いい加減オフクロからも汚い字を何とかしろって言われていたからな。ちょうど良いと思って」 だが、谷口はお前が?と疑惑の視線を向けると、すぐに懐から一つのメモ帳をパラパラとめくり始めた。 そして、あるページを見てにやりといやらしい笑みを浮かべると、 「……なるほどな。キョン、お前の真意は読めたぜ」 何がだ。 国木田も不思議そうな顔で、 「何か良いことでもあるのかい、書道部にはいると」 「俺がチェックしたこのマル秘ノートに寄れば、書道部には女しかいない。しかも全員俺的ランクAA以上で、 その中には上級生では最高峰に位置する朝比奈みくるさんの存在もある」 「ああなるほど、キョンは部活と言いつつ可愛い女子目当てに入部したって訳か」 おい待て。勝手に人の目的を捏造するんじゃない。俺はただ単にこの煮えたぎる文字という魅力に―― 「んなことはいいから」 あっさり人の抗議を無視しやがった。 谷口はうんうんと頷き、 「確かにキョン、お前の見る目は間違っていない。あの書道部は美人揃いのパラダイスだ! ってなわけで俺も入部したいから 是非とも紹介してくれ」 「あ、それいいね。僕も混ぜてよ」 おまえら。女目的で入部する気かよ。ハルヒとは違う意味で習字をなめるなと言ってやりたい。 しかし、結局二人の熱意に押されまくり仮入部の紹介をしてやることを強制された辺りで、 「ちょっとキョン。話があるからこっち来なさい」 そう教室の入り口から俺を睨んでいるハルヒに、話を中断された。 ◇◇◇◇ 俺がハルヒに連れて行かれたのは、あの古泉と昼飯を食べていた非常階段の踊り場だった。 何のようかと聞くまでもない。今朝のことについてだろう。 「あんたね、あれほど言っていたのにあっさり切り札を使うなんて何考えてんのよ。残り一回は同じ事があっても 絶対に使わないこと。いいわね!」 ハルヒはそう説教するように睨みつけてくるが、正直なところ今後も同じ事があった場合自重できるかどうか はっきり言って自信がない。大体、目の前で人が死のうとしているのに、それを放置するなんていうのは 俺のポリシー――いや人としてのポリシーに反していると思うぞ。 だが、俺の思いにハルヒは呆れの篭もった嘆息で返し、 「あんたね、ちょっとは考えてみなさい。確かに本当に目の前で息絶えそうな人がいたら助けるのは当然のことよ。 でもあんたは通常知り得ない情報を元にそれを実行しようとしている。それは一種の反則技だわ」 「命がかかってんだぞ。守るためなら反則だろうが何だろうがすべきじゃないのか?」 「じゃあ、その行為で確かに目の前で死ぬはずだった人は生き延びたとして、その結果別の人が事故に巻き込まれたらどうする気? 最初に死ぬはずだった人は、その死因を作った人間の責任になるけど、その人を助かったばっかりに死んでしまった別の人の死の 責任はあんたが背負うことになるのよ? その覚悟はあるわけ?」 俺はその言葉にうっとうなるだけで反論できない。確かにその場合は、俺が責任を負うべきだろう。 助けたばっかりに別の人が不幸になる。十分にあり得る話なんだから。それはあまりに本末転倒な話と言える。 しかし……しかしだ。 「だったら使いどころがわからねぇよ。どうすりゃいいんだ?」 「あと一回だけにしているから、使いどころは簡単よ。リセットを実行する必要が明らかに発生した場合のみ。 前回で言うと、町ごと核でドカンっていう事態が発生した場合ね。言っておくけど、前回は古泉くんが口を割ってくれたおかげで 助かったようなものよ。一歩間違えれば、あたしとキョンも巻き込まれて死んでいたんだから。 あくまでもそんな事態を回避する――その一点に絞りなさい」 ハルヒの指示は明確でわかりやすかった。取り返しのつかない事態、そしてそれは個人の事情とかそんなのではなく、 ハルヒがリセットを実行するための助けとなる場合のみか。 わかる。それはわかる。だけどな、 「でも、自信ねぇぞ。もう一度同じ事が起きた場合にそれを見て見ぬふりなんて」 「わかっているわよ。だけど――あんたしか頼れる人がいないの。悪いとは思っている……」 ハルヒの言葉に、俺はどういう訳だか心臓が跳ね上がった。 目線こそ合わせないが、ハルヒが俺に対して明確な謝罪を意思を示すのを目撃する日が来るとは思ってもみなかった。 それもこれも自分の能力のおかげで世界の危機に招いてしまっていることへの罪悪感――あるいは世界を救わなければならいという 使命感がなせる技か。 これが力を自覚したハルヒ、ということなのだろう。全く俺の世界の脳天気唯我独尊傍若無人SOS団団長様が懐かしいよ。 ◇◇◇◇ 翌日の放課後。 俺とハルヒ+谷口・国木田コンビを連れて俺たちは書道部部室やとやって来た。すでに朝比奈さんや鶴屋さん、 その他部員たちは勢揃いしている。 ハルヒは谷口たちがいることに最初は不平を漏らしていたが、やがてそんなこともどうでもよくなったのか、 昨日買ってきたばかりの書道部必須アイテムを使って、とっとと習字の練習を始めた。やれやれ、やる気全開だな。 一方の谷口と国木田は朝比奈さんのお美しい姿にしばし鼻を伸ばしていたが、俺がとっとと仮入部の手続きをしやがれと 背中を叩いて促しておいた。全く、これから毎日こいつら――得に谷口の視線が朝比奈さんに向けられるかと思うと 気が気でならないね。 ちなみに俺も一応入部したわけだから、この機会に字の練習をしておこうと道具を借りて練習していたわけだが、 ――君の字には覇気がないな。まるで老人のようにくたびれていないか? そんな顧問からの痛烈な評価をいただいてしまった。まあ俺の悪筆は自分でもしっかり自覚しているから、 別にどうこう思ったりはしないんだが、こっそりと朝比奈さんにまで同意されてしまったのは、ショックだったのは言うまでもない そんな俺に谷口が腹を抱えて笑いやがるもんだから、ならお前が書いてみろとやらせてみたところ、 ――君の字は煩悩でゆがんでいる。 まさに的確な指摘に、部室内が大爆笑に包まれてしまった。当の谷口は口をへの字にして顔をしかめていたが。 だが、鶴屋さんの豪快なのわっはっは!という笑いに加え、朝比奈さんも可愛らしくクスクスと笑みを浮かべていたのを 見れたことに関しては谷口に大きく感謝しておこう。口には出さないがね。 ◇◇◇◇ そんな日々が一週間続いたある日のこと。 俺とハルヒ、それに朝比奈さんは部活動を終えて下校の途に付いていた。すっかり日も傾き、周囲がオレンジ色に包まれている。 3人は和気藹々と談笑しながら――まあ、ハルヒは相変わらず朝比奈さんにことあるごと抱きつく・いじくりまわすなどの 破廉恥行為を加えながら――歩いていた。 「でも涼宮さんは凄いです。入ったばっかりなのに、もう他の部員の人たちと同じレベルになっているんですから。 顧問の先生もあと今のペースで旨くなっていけば、あと一ヶ月もかからないうちに完璧な作品が描けるようになるって 言っているぐらいですから」 「当然よトーゼン! あたしは一番でないときが済まないの。それがあんな墨で字を書くだけの地味なものであっても 妥協は一切なし! 絶対にコンクールだろうが何だろうが一番を取ってみせるわ!」 やれやれ。こいつのスーパーユーティリティプレイヤーぶりを発揮すれば、本気で書道家級に達しかねないから なおさらたちが悪い。ま、こういう才能のある人物というのはどこかしら人格に欠点があったりするものだから、 ハルヒにぴったりと言えるかもな。いや、ハルヒは最低限の常識はきっちりわきまえているから、真の意味での芸術家には なれなかったりするのか? よくわからん。 「それに比べてキョンや谷口の成長しないことったらもう。あんたたちやる気あるわけ? 国木田を見習いなさいよ。 あたしには及ばなくても着実に腕を伸ばしているわよ。あいつ、何だかんだできっちりやるタイプだから」 「お前と一緒にするな。ついでに部活動の目的を完全にはき違えている谷口とも一緒にしないでくれ、マジで」 俺とハルヒも朝比奈さんに近づくという点では、谷口と大差ないように見えるかも知れないが、あいつは煩悩100%で 入部したんだから根本が完全に違う。大体、一応まじめに練習している俺とは違って、ぼーっと女子部員の姿を 鼻の下伸ばして追いかけている時点であいつは論外と言っていい。 ……まあ、朝比奈さんに関してはそのお姿をフォーエバーな視点で見つめていたいという気持ちは、大きく同意しておくが。 「そう言えばみくるちゃん。今日は部活に遅れてきたけどなんかあったの?」 「ふえ? え、ええっと大したことじゃないんですけど、クラスで用事があったので……」 「ふーん」 聞いてみたものの、どうでも良さそうな返事を返すハルヒ。 そういや、珍しく朝比奈さんが部活に遅れて顔を出していたな。まあ、ここの書道部は体育会系みたいに 時間厳守だとかそんなのはないからとがめられるような話ではないが。 そんな話をしながら、俺たちは長い下り坂も中盤にさしかかった辺りで気が付く。この下り坂の終着地点には 自動車通りの多い交差点があるんだが、そこの歩道で一人の北高男子生徒が中年ぐらいのおっさんと言い争いをしている。 なんだトラブルか? 若いから血の気が多いのは結構だが、マスコミ沙汰にするのは止めろよ。学校の評判――ひいては 生徒たちの迷惑になるからな。 「ん? アレってこないだ助けた男子じゃないの?」 「なに?」 ハルヒの何気ない一言に俺は目を細めてそいつの姿を追う。しかし、俺には北高生徒ぐらいしか判別できないぞ。 一体どんな視力をしてんだ、お前は。 「これでも視力には結構自信があるのよね」 フフンと得意げに胸を反らすハルヒ。まあ、ここでハルヒが嘘を言う意味なんて無いし、そういう事はしない奴だから、 あれはこないだ助けた男子生徒なんだろう。何をやっているんだ? しばらくするとケンカ別れするようにその男子生徒は悪態を付きながら、横断歩道を渡ろうとする――いやまて! 今、その横断歩道の信号は赤だぞ。しかもでかいトラックが接近中だ。 しかし、男子生徒も危うくそれに気が付いたようで、飛び跳ねるように歩道まで戻った。あぶねーな。 一歩間違えれば俺が何で助けたのかわからなくなったところだった。 だが、まだ終わりではなかった。驚いたのに合わせて、さっきの言い争いによるイライラ感が増幅したのか、 近くにあった時速制限の標識――数メートルの高さに丸い奴がくっついているアレだ――を思いっきりけっ飛ばした。 なんだあいつ、実は素行の悪い野郎だったのか? それが仇となった。蹴ったことにより少しイライラが解消されたのか、そいつはまた横断歩道の前に立ち、 信号が青になるのを待ち始めた。そこでそいつは気が付いていなかったが、俺の場所からはあることが見えた。 けっ飛ばした時速制限の標識が不自然に揺れ動き、めりめりと音を立てて男子生徒の方に倒れ込んできたのだ。 しかも、ギロチンか斧のように標識が盾となった状態で襲いかかる。そういや、犬のションベンで標識やミラーの根元が 腐食して勝手に折れたという事故を聞いた憶えがある。 その音に気が付いたのか、男子生徒がちょうど振り返ったのと同じタイミングで、そいつの真正面を標識が通過した。 豪快な音を立てて、標識が歩道の上をバウンドする音が耳をつんざく。 俺は息を呑んだ。あの重さのものが頭や身体に接触すればただでは済まない。最悪命を落とす可能性も…… ふとそいつがあまりのことに驚いたのかふらふらとおぼつかない足で動き始めた。一瞬こちら側を振り返った姿を見ると 本当に数ミリ程度の誤差で身体には触れず、制服の腹の部分が避けているのが見えた。どうやら無傷らしい。 なんて運の良い奴だ。 だが、相当驚いたようで錯乱状態になって千鳥足で事もあろうか車道に侵入して、そこに通りかかったトラックに ぶつかってしまう――とは言っても、正面からではなく走っているトラックの側面に男子生徒の方から接触したと言った方がいい。 そのため致命傷にはならず勢いでくるくると回転して車道に倒れ込んでしまった。 そこに今度は普通の乗用車が突っ込んでくる。 「きゃあ!」 誰かの悲鳴が聞こえてくる。恐らく近くを歩いていた通行人のものだろう。このままでは自動車にはねられる―― キキーッとタイヤの鳴く音が一面に広がった。運転手が必死にハンドルを切りブレーキをかけたため、あと数十センチの というところで男子生徒を轢かずに停止した。 まさにぎりぎり。危機一髪。もうどんな言葉を並べても表現しがたい状況だろう。死の危機の連鎖をあの男子生徒は 全て乗り切ったのだ。 「……よかった」 ハルヒの声。俺たち3人とも気が付かないうちに立ち止まり、それを見つめていた。 男子生徒はようやく正気に戻ったのか自力で立ち上がり、ふらふらと歩道の方へ戻っていく。やれやれ。 自分のことでもないのに寿命が何年分も縮まったぞ。勘弁してくれよ。 ――がちゃん! 突如不自然な金属音が辺り一面に広がった…… 俺もハルヒも唖然として固まる。 男子生徒がふらふらと立った歩道。突然、そこに鉄の板が降ってきたのだ。見れば、男子生徒の正面にあったビルの屋上に あった看板がなくなっている。 ……つまり突然看板が落下して、男子生徒を押しつぶした。これが今目の前で起きたのだ。 そこら中から悲鳴が巻き起こった。度胸のある数人の通行人が男子生徒の無事の確認、あるいは救出のために 落下した看板の周りに集まってくる。中にはすでに携帯電話で救急車の手配をしている人もいた。 だが、もう無理だろう……看板の周囲には漏れだした男子生徒のおびただしい血液が広がり始めていたんだから。 俺はこの結果を見ても、決してハルヒにもらった予知能力を使おうとは思わなかった。昼間に受けた説教のためじゃない。 次々と襲ってきた危機からとどめの一発まで完全に二分を超えていたからだ。つまり今二分前に戻っても、 もう惨劇の序章は開始されている。しかも、場所が離れているためどうやってもまにあいっこない。 ここで俺ははっと気が付いた。呆然としているハルヒはさておき朝比奈さんがこんな過激なスプラッタ劇を見たら、 卒倒すること相違ない…… だが。 朝比奈さんは何も反応していなかった。 うつろな目でその惨劇の現場をただじっと見つめているだけで。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1677.html
暗く、重く意識が沈んでいく。 ベッドに横たわり、心地よい睡魔に包まれているかのように、 すーっと落ちてゆくような感覚。 何も見えないし、聞こえない。 俺は・・・一体どうしたのだろうか・・・。 今日はいつも通りの1日で・・・授業に出て・・・SOS団の活動に参加して・・・、 いつもみたいに、長門は本を読み、朝比奈さんはメイドに勤しみ、古泉はニヤけていた。 ハルヒだけがいつもよりハイテンションだった気がしたが、特に何も変わったことない1日だったハズだ。 そしていつものように家に帰り、飯を食って、風呂に入って、ベッドに入った。 そんな普通の1日だったはずだ。ただ、何故だろう?すごく悲しいことがあったような気も・・・。 それにしてもこの不思議な感覚は一体なんだろう?夢か? ふと、閉ざされていたはずの視界に、眩しい光が注ぐ。 まるで俺はその光に導かれるように―― ゆっくりゆっくりと―― その中心に吸い込まれていく・・・。 ドンガラガシャーン!!! けたたましい破壊音。驚いて目を開けると、そこは見覚えのない光景。 お洒落な自然色のカーテン、化粧台、大きめのクローゼット、机、ぬいぐるみ・・・。 「・・・女の子の部屋?」 ふと見上げると、そこには見覚えのある顔―― SOS団団長、涼宮ハルヒの姿があった。 もしかしてまた閉鎖空間か?そう思った俺がハルヒに声をかけようとした矢先―― 「アンタがあたしのサーヴァント?」 ハルヒは、ワケのわからない言葉を口にした。 俺は今、さぞ唖然としたマヌケな顔をしていることであろう。 目の前にいるのは確かにハルヒ。 その身に纏う北高の制服、いつものリボン付のカチューシャ、 そして何よりもこの腕を組み、悠然と俺を見下ろすこの尊大な態度が、 目の前の人物がハルヒその人であることを如実に表している。 しかし、その口から発せられるのはワケのわからぬ言葉。 『サーヴァント』?なんじゃそりゃ? 俺は混乱していた。 そんな俺を尻目に、ハルヒは不機嫌そうに言い放つ。 「何か言ったらどうなのよ?アンタがあたしのサーヴァントかどうかって聞いてるんだけど?」 俺は言い返す。 「何言ってるんだハルヒ?だいだい『サーヴァント』って何・・・」 そう言いかけた瞬間だった。 キーーーーーーーーン!!!! 俺の頭を突き抜けるように刺すような痛みが襲う。 な、何だコレは・・・!?普通の痛みじゃない!こんな痛みが続いたら・・・死んじまう・・・。 そして、その痛みと共に、俺が今まで知らなかった、むしろ知っているハズもなかった―― 大量の『情報』が、どこからともなく、一気に頭の中に流れ込んできた。 やがてその痛みは治まる。 そしてそれと同時に、この世界が目覚める前に俺が身を置いていた世界とは全く別物ということ、 俺が何者で、どうしてここにいて、これから何をするべきなのか、 それらを一気に把握してしまっていた。そして、自然とそのセリフが口をついていた。 「ああ、俺はお前のサーヴァントだ、ハルヒ」 「何よ、そうならそうとさっさと言いなさいよね」 フンと鼻を鳴らすハルヒ。 「で?アンタは何のサーヴァントなわけ?」 その質問に対する答えに関する情報が自然と浮かんでくる。 「俺は・・・アーチャーのサーヴァントだ」 自分で言ってて不思議に思える。こんなことつい数秒前までは全然知らなかったんだからな。 「・・・何よ、セイバーじゃないの?とんだ外れくじだわ」 「外れで悪かったな・・・」 『セイバー』という単語の意味も、自然とわかっていた。 「それにしてもアンタ、よくあたしの名前知ってたわね。 まだ名乗ってもいないのに」 それは流れ込んできた『情報』とは関係なく、最初から知っていた。 目の前にいる人物、コイツがハルヒじゃなくて誰だっていうんだ。 ただ、そのことはハルヒには言わない方がいい、と俺の頭の奥で何者かが告げているような気がした。 「まあ、サーヴァントならそれぐらい当たり前なのかしらね。 改めて自己紹介するわ。あたしは涼宮ハルヒよ。 んで?アンタの真名は何?」 『真名』?何だそれは?その単語については、まったくわからないし自然に情報が流れ出てくることもないぞ? まあでも、『真の名前』というぐらいだから俺の本名のことだろうな。 「俺の名前は・・・」 しかし、俺は自分の真名もとい本名を思い出すことが出来なかった。 「悪い・・・どうしても思い出せない・・・記憶が混乱しているみたいだ」 俺はそう返すのが精一杯だった。 さて、俺の頭の中に流れ込んできた『情報』と、 その後ハルヒが勝手に1人で喋り捲った内容を纏めると以下の通りになる。 まず、ハルヒは何と魔術師らしい。 つい数分前の俺だったら全く信じられない話だったが、今の俺にとってはその事実を認めるのは容易だった。 ハルヒ曰く、自分は日本は及び世界でも有数の魔術師の家系らしく、その能力も非常に優秀とのことだ。 そして、ハルヒはこれから戦争をするらしい。 何でも、近いうちにこの街において、魔術師同士の戦争とやらがおっぱじまるそうだ。 何とも物騒でぶっ飛んだ話だがこれもまた事実。 そしてその戦争の目的となるのは、『聖杯』とかいうけったいなモノの獲得らしい。 何でも『聖杯』はどんな望みでもかなえることの出来る、全知全能の願望器だとか。 つまりこの戦争は、魔術師達の間では『聖杯戦争』と呼ばれるものであるらしい。 そして一番肝心なこと、どうして俺がこんなところにいて、 『アーチャー』なんていうけったいな名を名乗り、ハルヒの『サーヴァント』になっているかと言う話である。 何でも魔術師同士の戦争の手段として召還されるのが『サーヴァント』と言う存在らしい。 所謂使い魔というヤツであるが、その能力は一介の使い魔とは一線を画す。 それもそのはずで、『サーヴァント』として召還されるのは、過去の歴史上や空想上の大英雄だというのだ。 例えば、イングランドのアーサー王、ケルト神話のクー・フーリン、ギリシャ神話の魔女メディアやメデューサにへラクレス、 メソポタミア神話のギルガメッシュ、日本で言えば孤高の剣豪佐々木小次郎など、 そのメンツたるや無学な俺でもよく知っているような大英雄達である。いわばサーヴァントとは『英霊』だ。 ん・・・?ちょっと待てよ?じゃあ何で俺が召還されてるんだ? 英雄に相応しい人生なんて送ってきたつもりは全くないぞ? そして、召還されるサーヴァントは往々にして7つの階級、『クラス』に分けられる。 剣の使い手にして全てのクラス中最強と言われる『セイバー』、槍の使い手『ランサー』、弓の使い手『アーチャー』、 卓越した騎乗スキルを持つ『ライダー』、古代魔術の使い手『キャスター』、暗殺術の使い手『アサシン』、 狂戦士『バーサーカー』――という7つのクラスだ。 そしてその7つのクラスのどれかに、召還された7体の英霊がそれぞれ割り振られる仕組みらしい。 ん?俺そもそも弓なんて使えたか?弓道だってやったことないし・・・。なぜに『アーチャー』なのだろう? そして、外面的にはサーヴァントは『セイバー』や『ランサー』といったクラス名で呼ばれるが、 その実、どこの英雄であり、どんな能力を持つのかということを表すものが『真名』であるとか。 つまりそれだけ重要な自分の名前、『真名』を俺は忘れてしまっているわけだ。 これには流石のハルヒも呆れるしかなかったようで・・・ 「自分が誰だかわからないサーヴァントなんて前代未聞だわ。これは先が思いやられるわね・・・」 と呆れることこの上ない。 しかし、なぜか目の前のハルヒのこと、家族のこと、 俺がこうして目覚める前の学校のこと、谷口や国木田、鶴屋さんといった友人連中のこと、 そして勿論あのSOS団のこと――ハルヒを含め、朝比奈さん、長門、古泉のことは、 しっかりと記憶にあるのだ。 ただ、自分が何者だったかということだけが思い出せない。 そして・・・俺が目覚める前、あのSOS団で何か、重要な出来事があった・・・ その事実は覚えているのに、その詳細が思い出せない。 もしかするとその『重要な出来事』が、今の俺が置かれているこのワケのわからない状況に、 大きな関係があるのかもしれない・・・が思い出せないことにはどうにもならない。 とにかく、俺はハルヒの『サーヴァント』として 『聖杯戦争』という魔術師同士の戦争に巻き込まれてしまったわけだ。 SOS団にいた頃は毎日が騒動だったそのおかげで、俺自身ワケのわからんことに対する耐性はついたはずだが、 この状況ばかりはどうしても戸惑うな。いくら『情報』が流れ込んでくるとはいっても、だ。 そして戦争なんて物騒なこと、俺に出来るのだろうか? しかし、幸いにも『優秀な魔術師』のハルヒはかなりやる気満々なようだ。 「とにかく!聖杯戦争の勝者となるのはあたし達しかいないわ! さあ、アーチャー!気合入れていくわよっ!!」 その後、俺は何故かハルヒに、召還のせいで散らかった部屋の整理と夜食の調理を命じられた。 ああ、言い忘れていたがサーヴァントにとって、魔術師は『マスター』と呼ばれる存在らしい。 というのも、サーヴァントは魔術師から供給される魔力を動力源にしないと、 この世に存在していることが不可能なのだ。 つまり俺はハルヒの魔力を『喰っている』状態ということである。 そしてマスターたる魔術師はサーヴァントに対し、『令呪』という名の3回の絶対命令権もとい支配権を持つ。 これを使われると、どんな状況だろうが意志だろうがマスターの命令に従わざるを得なくなる。 どうやらハルヒの腕に刻まれた刺青のような紋章がソレであるようだ。 つまり、その3回の令呪を使い切ってしまえば、サーヴァントがマスターに従う道理はないということで、 マスターを裏切り、殺してしまうことも出来るらしい。 もっともそんなことをすれば自分が現界出来なくなるし、 ハルヒに対してそんなことをする気など最初から俺には毛頭ない。 むしろ、殺そうとしても逆に返り討ちにあうだろう・・・。 しかし、いきなり命令だなんてハルヒも人使いが荒い。 普段だったらハイハイ言って命令を聞くところだろうが、何故だろう、 今の俺は皮肉をこねて、それに反抗したい気分だった。 「なぜ俺がそんなことをしなけりゃならないんだ?」 「何よ?サーヴァントがマスターの命令に従うのは当然でしょ?」 「それは、戦闘等の戦争に関わることで、だろう? 家政婦まがいのことをするつもりなんて俺には毛頭ないが?」 「何よ、アンタ随分生意気な口を利くじゃない」 「フン、それはこっちのセリフだよ。 自分を中心に世界が回ってるとでも思ってるのかい?『マスター』よ」 おかしいな・・・普段の俺なら絶対こんなこと言わないはずなのに・・・。 ハルヒに対するとっても恐れ多い皮肉の数々が自然と口をつく。 まるで酔っ払って自制心をなくしたかのようだ。 うーん、もしかして以前の世界で溜まりに溜まったフラストレーションなのだろうか・・・。 「ふーん・・・そういう態度に出るわけね・・・」 ハルヒはワナワナと震え、右手を掲げ、に握りこぶしを作った。 「そもそも、いくらマスターだからといって俺がそこまでへりくだる理由など・・・ ってオイ、お前まさか・・・?」 ハルヒの右手に刻まれた件の『令呪』が紅く、禍々しい光を放っている。 「言うこと聞かない飼い犬にはカラダでもって躾を仕込まないとね~?」 見るからに怒っているハルヒ。爆発寸前だ。 「だからといって大切な令呪をこんなことに使うなんて・・・!正気か!?」 「うるさーい!!『令呪』の下に命令を下すわ!! 『アンタはあたしに絶対服従すること』!!!!」 紅い光が一層眩しく光る。そうハルヒはよりにもよって3つしかない貴重な絶対命令権を、 『あたしの命令には絶対服従!!』というヒットラーもびっくりの独裁思想に塗りたぐられた、 バカバカしいことに使ってしまったのである。 そのおかげで、俺は掃除に料理をやらされるハメになった。 ただなぜか、どっちともスイスイとスムーズに出来てしまった。 以前は掃除なんかたまーにしかしないモンで母親に怒られたりもしたし、 料理なんて全く門外漢だったからな。 しかも、「あら、けっこうイケるじゃない」なんて、ハルヒに料理の腕を褒められるし、な。 翌日、戦争中であるにもかかわらず、ハルヒは普通に学校に行くと言い出した。 何でも学校にももしかすると別のマスターがいるかもしれないからその調査のためとか・・・。 勿論サーヴァントとしてはそんなハルヒについていくべきなのだろうが、 俺としては外に出れるような状態ではない。なぜかって? それは俺の容姿のせいだ。 昨夜、何気なくハルヒの部屋にあった姿見を覗き込んだ俺は仰天した。 容姿が、以前とはすっかり変わってしまっているのである。 背は前よりずっと伸びていておそらく180センチはありそうだ。顔つきも大人びたそれになっている。 そして髪の毛、なぜか真っ白な白髪である。俺、何か苦労でもしたんだろうか・・・。 そして俺が身に纏っていた服は、コスプレか?というくらいにヘンな真っ赤な外套であった。 こんな格好で街に出たら間違いなく不審者扱いだ。ハルヒの家に着替えがあるハズもない。 そんな悩める俺にハルヒはふと、声をかけた。 「何よ、霊体化すればいいじゃない」 その瞬間、例の『情報』が流れ込んでくる。 『霊体化』、つまりは実体をなくし、一時の仮の姿として『霊体』になること。 これだとハルヒ以外の人間には俺の姿は感知されないらしい。 更にこの状態だと、俺を維持するためにかかるハルヒの魔力の量がカットされるらしい。 つまり、一種の省エネ形態ってことだ。肉体的な疲労も減る。 まあそもそもサーヴァントに人間のような疲労や空腹、睡眠の概念はなく、 飯を食わなくても一睡もしなくても死ぬことはないらしい。何とも便利なカラダだ。 ちなみにハルヒとの意思疎通は、念話によって問題なく出来る。これまた便利だ。 そんなこんなで霊体化した俺はハルヒについて学校へと行った。 勿論、俺も通っていた北高に、だ。 そして、そこで俺はいくつかの衝撃的な事実を知ることになる。 衝撃その1。 この世界のハルヒもSOS団を結成しているらしいこと。 衝撃その2。 SOS団には普通に朝比奈さんと古泉が所属していたこと。 そして長門がなぜかいない、そもそも学校にすら在籍していないこと。 衝撃その3。 俺のクラスのメンツは以前と殆ど同じだったこと。国木田と谷口も普通にいた。 衝撃その4。ちなみにこれが1番の衝撃だ。 なぜかこの世界に『俺』がいたこと。勿論ハルヒと同じクラスにも、SOS団にも所属していること。 これらの衝撃についてひとつひとつ詳細に確認したいところではあるが、今は霊体の身、 目立つようなことは勿論出来ない。もしかしたら他にも以前の世界とは違っているところがあるかもしれないのだが・・・。 特に、なぜこの世界にも・・・以前の世界と全く同じ姿で俺がいるのか・・・全く理解が出来なかった。 そして姿の見えない長門・・・。これはなにやら一筋縄ではいかない予感がするな・・・。 いつの間にか放課後になった。SOS団も自然解散し、部室には霊体の俺とハルヒのみが残される。 「アーチャー、今日1日学校にいたけどやっぱり何か違和感があるわ。 おそらく校内に潜むマスターがいるはずよ。そしてソイツが動くとしたら夜。 だからもう少し学校に残るわ。もしかしたら戦闘にもなるかもしれないわね」 ハルヒのそのセリフに、否がおうにも緊張が高まる。 ここに来てやっと自覚できた・・・。俺が今身を置いているのは・・・戦争、殺し合いなのだ、と。 そして――夜がやってくる。 夜、俺とハルヒは校内をくまなく歩き回っていた。 ハルヒ曰く、タチの悪い結界とやらが仕掛けられている可能性があるらしい。 その結界は発動したら最後、学校中の人間の生気を吸い取り、最悪死に至らしめる。 なぜそんなことをするのか、というと所謂『餌』の確保のためだ。 サーヴァントにとって人間の生気は魔力に匹敵する動力源だそうだ。 つまりソレを喰えばサーヴァントはマスターの手を煩わせることなく、 腹を満たすことが出来ると言うわけである。 勿論、俺はそんな非道なことをする気にはなれない。 それにハルヒ自身が何よりもそれを嫌う。 「関係ない人の命を奪うマスターなんて魔術師の風上にも置けないわ! ギッタンギッタンにブチのめしてやらないとねっ!」 だそうだ。ヘンなところで常識と正義感に溢れたヤツである。 俺自身も目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますと、禍々しい空気の流れを感じることが出来る。 おそらくこれが結界の発する魔力ってヤツだな。 ハルヒは慎重にその魔力の出所を探っていく。 そして、ついにその発信源に辿り着く。 それは、屋上だった。 「やっぱり・・・ココだったのね。シュミの悪い結界だこと」 苦々しく吐き捨てるハルヒの目の前には、大きく、グロテスクな魔方陣が描かれていた。 どうやらこれが結界の大元らしい。 「それじゃ、ちゃっちゃと解除しちゃいましょ」 そう言うとハルヒは魔方陣に手をかざし、何やら呪文を唱え始めた。 ――と、その時、 「おや?消してしまうんですか?その結界。少々勿体無いですね」 どこからか聞こえる声―― そこにいたのは――真紅の槍を手に持った――蒼い蒼い男だった。 そこにいたのは――槍を持った蒼い男。 そして驚くべきことに――笑みをたたえるその顔は―― あのSOS団副団長、古泉一樹そのものであった。 「古泉君!?」 その男に気付いたハルヒが、声をあげる。 「古泉?それは誰のことですか?」 はて?と首をかしげる男。 確かに・・・あの男は俺の知る古泉じゃない。 顔や口調は似ているものの、古泉より背も高く、より筋骨隆々とした締まった体を蒼いタイツのようなものに包んでいる。 そしてよく見れば、顔も俺と同じように、すっと大人びたそれだ。 髪型も、流れるような長髪を後ろで馬の尻尾のように纏めている。 それにこの世界の古泉は普通にSOS団の副団長として存在しているはずだ。 俺は即座にハルヒに語りかける。 「ハルヒ!アレは違う!お前の知ってる古泉じゃない!」 「え・・・?」 「敵だ!」 その言葉に即座に反応するハルヒ。 「アーチャー!飛ぶわ!着地よろしく!」 「逃げるのか?」 「違う!こんな狭い場所じゃ不利よ!校庭に下りるわ!」 そう言うとハルヒは、あろうことか屋上からぴょーんとジャンプで飛び降りた。 制服のスカートがふわふわと風に揺れる。 え?俺どうすればいいんだ?着地よろしくってことだからとりあえずは・・・。 俺も屋上からジャンプする。不思議と怖さは全くなかった。 そして身体が軽い・・・。力も漲っている・・・。これがサーヴァントの力か? 急降下する俺とハルヒ。近づく地面を前に、俺はハルヒを抱きかかえ、着地する。 こんな高さからなのに勿論痛みは全くなかった。 校庭の真ん中へと走る俺とハルヒ。ちなみに俺はとっくに実体化している。 ここまで来れば・・・と思った矢先、 「おやおや、出会った瞬間に逃げられるなんて結構ショックですよ?」 古泉に似た蒼い男が既に先回りしていた。コイツ・・・!何てスピードだ! 「あんた・・・サーヴァントね?」 ハルヒが男を睨み、言い放つ。 「それがわかるということはあなた方は僕の敵ということでよろしいのですね?」 男が槍を構える。紅く、毒々しいフォルムの槍だ。 「アーチャー!!」 ハルヒが叫ぶ。それに呼応するかのように男の前に立つ俺。 ハルヒに戦わせるワケにはいかない。こうなったらやるしかない! しかし・・・俺はどうやって戦えばいいんだ? 以前からケンカなんて殆どしたこともないし、腕力にも自信が無い。 何より目の前でニヤニヤと笑うこの蒼い男の圧倒的な威圧感と、 その笑顔の裏からどうしようもなく放たれる殺意に対抗できる気がしない。 と、その時――例の『情報』の流れが頭の中に入ってくる。 そしていつのまにか俺の両手には、重くずっしりとした短剣が2つ、しかと握られていた。 何だこれ?急に出てきたぞ? 「ほう、二刀流ですか。少しは楽しませてくれそうですね」 男が目にも留まらぬ速さで槍を繰り出す。 カキーーーン!!! やられる・・・と思った瞬間俺の短剣がそれを弾いていた。 身体が勝手に動いた? 一体俺はどうなっているんだ? その後も俺は男の繰り出す槍撃を、両手の短剣でことごとく弾いていた。 その過程で、少しずつではあるが男の繰り出す槍の軌道が見えてきた! カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!・・・・ 剣裁の音が、夜の無人の校庭に響き渡る。 ハルヒは息を飲み、俺と男の戦いを見つめている。 槍を繰り出しながら男が語りかけてくる。 「あなた・・・さっき『アーチャー』と呼ばれてましたよね? しかし、二刀流使いの弓兵なんて聞いたことありませんよ?」 その口調は本当に古泉そのものだった。 「フン、そんなのは知らん。 俺ですらよくわかっていないのんだからな」 どうやら俺も、皮肉を返せるぐらいに完全に目も身体も慣れたようだ。 男は埒があかないと感じたのか、槍を繰り出す手を止め、 バックステップで俺と距離をとった。 「そうですか。どうやらあなたはこの戦争におけるジョーカーたる存在のようですね」 そう言って、地を舐めるような低い姿勢をとり、両手で槍を構える蒼い男。 「そういう人には早々と消えていただくのが得策でしょう。 あなたはちょっと僕の好みだったんですけどね。残念です」 オイオイ、この世界でも古泉はウホッな変態なのか、とツッコんでる場合ではない。 男の構え、そして禍々しく突き出される槍、それらが放つ殺気は先程とは比べ物にならない。 まるで、これから繰り出される攻撃に対し、いくら抵抗しても絶対的な『死』が約束されているかのように思える、 それくらいに圧倒的な殺気だ。 「少々名残惜しいですが、死んでもらいますよ」 男が、その技を繰り出そうとした時―― 校庭の隅に、1人の少年の姿があるのを、俺の瞳が捉えていた。 あれは・・・もしかして・・・! その少年は、校庭で繰り広げられる非現実的な光景に恐れをなしたのか、一目散に闇へと消えていった。 そしていつの間にか、蒼い男は構えを解いていた。 「邪魔が入りましたね。この続きは、またいずれ」 そう言い残すと、男は目にも留まらぬ速さで闇へ消えていった。 「助かったのか・・・?」 思わず安堵のため息をついてしまう俺。 ふと、振り返るとハルヒが小さく笑顔を浮かべて言う。 「アンタ、なかなかやるじゃない。見直したわ。 それより、あのサーヴァント、おそらく『ランサー』ね。」 だろうな、槍を使っていたしな。 「あの口ぶりからして、学校の結界はアイツが仕掛けたものではないようね」 そうだろうな。しかし俺にはひとつ気になることがあった。 「それよりハルヒよ。アイツなんで逃げちまったんだろう?」 その質問をした瞬間、ハルヒの顔が何か重大なことに気付いたかのように、緊迫したものになった。 「アーチャー!!ランサーの後を追って!!」 そして、焦りを隠さない声で、そう叫んだ。 ハルヒの焦りの理由はこうだ。 昨夜、ハルヒ自身が話していたことだが、基本的に魔術や魔術師の存在は、 一般人には隠匿されなければならないものらしい。 それがこの世界の『ルール』だと、ハルヒはそう言っていた。 そしてそれは勿論この『聖杯戦争』にも言えることだ。 もし、一般人にバレてしまうようなことがあれば、その時はそれ相応の『処理』をしなくてはならない。 つまり――『目撃者は消す』――という絶対的なルールが存在するのだ。 そこから導かれる結論、それは――さっきの少年をランサーが殺す、ということだ。 おそらくランサーはそれを優先し、戦闘から離脱したはずだ、とハルヒは言う。 これは・・・マズイ事態になったな。 俺はハルヒを抱え、夜の校内をこれでもかと言わんばかりのスピードで駆けた。 このサーヴァントの身体のおかげで、そのスピードは一般人のそれを凌駕している。 しかし、あのランサーは更に速かった。果たして追いつくか・・・! そして、辿り着いたのは、暗く静まり返った廊下。 そこにあったは―― 胸部からおびただしい血を流し、仰向けに倒れる―― 物言わぬ『俺』の亡骸だった。 確か、あの時俺の目が捉えたのは確かにこの世界の『俺』の姿だった。 それにしても・・・まさか『俺』が殺されてしまうなんて・・・。 吐き気がする・・・。眩暈がする・・・。贓物を全て吐き出しそうな感覚に襲われる。 目の前の光景が信じられない・・・。 しかし、俺以上にその光景を信じられなかったのはハルヒだった・・・。 「・・・うそ・・・うそでしょ・・・?どうしてアンタが・・・?」 小さく搾り出すハルヒ。その顔に浮かぶ表情は俯いているためか、俺からは窺えない。 「あたしの・・・あたしのせいだ・・・」 そう言って、膝をつくハルヒ。その肩はワナワナと震えている。 俺は・・・そんなハルヒにかける言葉が見当たらない・・・。 チクショウ・・・!どうして俺はこんな世界に・・・! 『俺』が理不尽に殺され、ハルヒが理不尽に涙を流す、どうしてこんな理不尽な世界に俺は連れて来られちまったんだ! 行き場のない怒りが俺を支配する。 そんな俺を尻目に、涙を拭いたハルヒは何かを決意したような、神妙な面持ちでいた。 「こうなったら・・・『アレ』を使うしかないわね・・・」 そう言うとハルヒは制服のポケットから小さな赤い宝石を取り出し、それを『俺』の胸の上に置いた。 「アンタだから・・・助けるんだからね・・・」 ハルヒは小さくそう呟いていた。 そしてハルヒはすっくと立ち上がると、 「帰るわよ、アーチャー」 「おい・・・いいのか・・・その少年は・・・」 「いいのよ。あと数分で目を覚ますはずだわ」 心底、そのセリフには驚かされた。 帰り道で聞いた話によると、あの小さな赤い宝石はハルヒの家に代々伝わるものらしい。 なんでも、人の命を救うことが出来るという反則的な効力の石らしい。 それだけの宝具だ、ハルヒがどれだけ大事にしていたか、聞かなくてもわかるほどだ。 そんなものを『俺』の命を救うために惜しげもなくハルヒは使った。 その時のハルヒに迷いはなかった。 果報者だな、『俺』よ・・・。 しかし――夜はまだ終わらなかったのである。 そもそもなぜ気付かなかったのだろう。 ハルヒは言っていた、『目撃者を消すのが絶対のルール』と。 そしてそれを先程、ランサーは厳格に実行した。 だとしたら・・・今頃目を覚まし、要領を得ないまま自宅に戻っているはずの『俺』を、 あのランサーが放っておくとは、到底思えない。 俺がその危惧をハルヒに伝えると―― 「アンタ!気付いたんだったら何でもっと早く言わないのよっ!!」 と、大噴火し、家を飛び出した。 どうもこの世界のハルヒには少々抜けたところがあるらしい。 「急ぐわよ!!『キョン』の家に!!」 ハルヒは――そんな『俺』の名を叫んだ。 そして、その瞬間――俺は全てを思い出した。 闇夜の街を、ハルヒを抱えて走る俺。 どうやら『俺』の家の場所をハルヒは把握しているらしい。 一応俺はハルヒの道案内に従っているフリをしていたが、 その実、俺も既にその場所はわかっていた。 だって『俺』自身の家だもんな。わからない道理がない。 そして、目的の場所に着く。 以前の世界で俺が住んでいたのと変わらない一軒家がそこにはある。 ただ少し違っていたのは、以前はなかった大きな庭がついていたことと、 その一角に、物置と言うには多きすぎるくらいの立派な小屋があったことくらいか。 「急ぐわよ!アーチャー!」 ハルヒは俺の腕から降り、一目散に駆け出す。 と、その時、『俺』の家の庭から眩しい光が放たれる。 思わず目を閉じてしまう俺とハルヒ。 それと同時に聞こえてくる声、 「これはこれは・・・!ここはいったん引かせてもらいましょう!!」 聞き覚えのあるそれは紛れもなく、古泉に似たあの蒼い男のもの。 そして俺の視界は塀を飛び越え、苦笑いをたたえながら闇夜に消えていくその蒼い男の姿を捉えていた。 「ッッ!!今のはもしかして・・・ランサー!?」 ハルヒはさらに駆ける。 そして、庭へと通じる門をくぐろうとした瞬間、 ビュン!! 俺の目の前に何か鋭利な刃物のようなものが飛び出したように見えた。 まさかランサー・・・!? いや・・・槍なんかではない!今のは間違いなく、『剣』が空気を切り裂かんとする音・・・! 「止めろっ!!セイバー!!ソイツは・・・ハルヒは俺の知り合いだ!!」 同時に聞こえてきたのは・・・紛れもない『俺』の声・・・。 そして繰り出された剣先は・・・俺の鼻の寸前で止まっていた。 ハルヒは唖然とした表情で、その剣を繰り出した『誰か』を見つめている。 月明かりに照らされ――― 泰然自若とした空気を身に纏い―― 『目に見えない』剣を俺に突きつけ―― 静かに静かに佇んでいる―― 北高の制服とカーディガンを身に纏った少女―― 俺がその姿を見間違えるわけはない―― 『セイバー』と呼ばれたその少女は―― 正真正銘――あの長門有希であった。 あの長門が・・・これまでどんな窮地においても俺を助けてくれた長門が・・・ なぜ今俺にこうして剣を向けているのか・・・? もしかしたら長門は気付いていたのかもしれない―― 俺がついさっき思い出したこと―― 俺が以前の世界で最後に自分自身に抱いていた―― 本気で自殺したくなるほどの自己嫌悪と―― 俺が今この世界で今この瞬間抱いている―― 『キョン』と呼ばれる少年に対する―― 堪えようのない憎悪と殺意に。 第1章 完 第2章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/869.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6481.html
涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side H― キョンが欠席した翌日。 今日もあいつは欠席していた。 ただ何かが違う。 岡部は今日も「家の都合」って言った。 でも詳細は教えなかったんだから。 よく考えたら昨日はあたしも頭に血が上っていたのか、もう一つ欠席表現としての言葉を思い出した。 もし親戚に不幸があったなら『忌引き』って言うはずよ。 それが無かったということは答えは一つしかない。 と言っても、まだこれは憶測の域を出てないから軽はずみなことは言えないんだけどね。 あたしの昨日までの怒りは完全に収まってたわ。 ううん。そんな状況じゃなくなった気がする。 そんな疑心暗鬼のまま、一日は過ぎ去り、そして放課後。 あたしはいつものように部室へと向かう。隣にあいつがいないことになんとなく隙間風を感じてしまっていることは自覚しているわ。 んで否定する気もない。 そりゃそうでしょ? 犬だって三日飼えば情が移るんだから。 それが三日どころか一年以上、隣にいたんだし、それが当たり前だと思っていたから寂しくなって仕方がない。 あ、言っておくけど、これがキョンじゃなくてみくるちゃんや古泉くん、有希が傍にいなくなっても同じ感情を抱くわよ! 絶対に勘違いしないように! って、あたしは誰に何を言っているのかしら。 などと考えながらあたしは部室のドアをくぐる。 「お待たせー! キョン以外のみんな! いる!?」 キョンが居ないことでみんな気にしてたみたいだから少しでも明るい雰囲気を作らないとね。てことで、あたしは努めて明るい声を張り上げたわけだけど。 「ハルにゃん!」 って、え!? まったく予想していなかった泣き叫んでいるような幼い声を耳にして、あたしは思わず素っ頓狂な表情を浮かべてしまったの。 ちょっと待って……今の声は…… 「妹ちゃん!?」 「ハルにゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」 あたしが目を丸くして呼びかけると同時にキョンの妹ちゃんが泣きながらあたしにむしゃぶりついてきた。 いったい何がどうなって……? あたしの胸の中で泣きじゃくる妹ちゃんの様子にどうやらあたしの疑念は確信に変わってしまったらしい。 自分でも分かる。 周りの世界がどこか遠くなって、色彩が薄れていく感覚に包まれて―― キョンに……何かあった…… 茫然自失と立ち尽くすあたしの頭の中はそのフレーズをリフレインするのみになってしまった…… 「えっとね……ひっく……あのね……ひっく……おとといの日曜日にね……ひっく……」 妹ちゃんはみくるちゃんの腕の中で、泣きじゃくりながら語り始めていた。 「家に着いたらね……ひっく……真っ暗で……ひっく……でも鍵がかかってなくて……」 「鍵がかかってなくて真っ暗、ですか?」 「う、うん……」 古泉くんの神妙な確認に、まだ震えながら頷く妹ちゃん。 そうね……あたしも今、まだ茫然としているし、ここはみんなに任せましょう…… 「それでね……ひっく……キョンくんのお部屋に行ったらね……ひっく……誰もいなかったの……」 「妙ですね」 「でしょ……」 「で、今日まで彼から連絡もなかったということですか?」 「そうなの……うっうっうっ……」 それっていったい…… 「ハルにゃぁぁぁぁぁぁぁん!」 ととっ! 今度はあたしにむしゃぶりついてきたし! 「SOS団って不思議を探し出すところなんでしょぉ! いきなり消えちゃったキョンくんって不思議だもん! だから、キョンくんを、キョンくんを探してよぉ! お願いだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 あたしの胸の中で泣き叫ぶ妹ちゃんの気持ちはよく分かる。 今の話をそのまま信じるならキョンが日曜日の時間は不明だけど、その日から消息不明になっているってことだから。 でも……なぜ……? しばし、あたしの胸でむせび泣いていた妹ちゃんが静かになったと思ったら―― ん…… そっか、泣き疲れて寝ちゃったんだ…… 優しく頭をなでてあげる。 と、妹ちゃんは一瞬、びくっと震えて、またすすり泣く声だけが聞こえてきた。 キョンの夢でも見てるのかしら…… などと、あたしもどこか物哀しげになってくると、 「わたしは明日、明後日とSOS団の活動を休止する。許可を」 うわ! 顔近いし有希! 息もかかる! って、そうじゃなくて今何て? 「彼を探索するため、わたしは情報統合思念体にアクセスし、この惑星のみならず銀河系規模で捜索する。そのためには二日から三日ほど必要であり明日と明後日、学校に来ることも不可能。だからSOS団活動の休止の許可を」 銀河規模でキョンを探す!? ちょっと! なんたってそんな大事になるのよ!? 思わずあたしは聞き募っていた。 ん? 有希が宇宙人ってことなら知ってるわよ。正確には宇宙人が造り出した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、だったかしら? つい最近、ちょっとした……じゃないわね、かなりの大きくて衝撃的な出来事があって、その時にキョンが有希が宇宙人だって教えてくれたの。あとキョンがジョン・スミスでみくるちゃんが未来人ってこともね。しかもその言葉に嘘がないことの証言もあったし信じるしかないってもんよ。んで、その衝撃的な出来事の時に異世界人で『魔法』という名の超能力を振るう存在にも出会ったんだけどそれは別の話。 今はもっと重要なことがあるし。 すなわち―― キョンを探し出す―― 「昨夜、情報統合思念体から連絡があり、彼がこの惑星外へ飛ばされた可能性がある、と報告を受けた。むろん杞憂かもしれないが確かめる必要はある。そうなると銀河の広さを鑑みれば二日から三日は捜索期間として妥当」 何ですって!? 「杞憂かもしれないと言ったはず。だから、あなたたちはこの地域を捜索してほしい」 ええっと……何か一足飛びどころか、百足も千足も、と言うよりそれ以上ははるかに飛んでる気がする想定なんだけど…… しかし、あたしの苦笑を浮かべた困った表情は有希の真摯な両眼に迎撃されてしまい、 そ、そうね……宇宙規模となれば有希以外誰も何もできないでしょうけど…… 「わ、分かった。有希は明日と明後日、団活を休んでいいからね」 苦笑のまま不承不承に頷くあたし。 「感謝する」 有希が深々と頭を下げた。 「もう一つ確認したいことがある」 って、また顔近いし! 「あなたは仮に彼がこの惑星外に強制送還されたとしても生きていると思う?」 そんなあたしの焦りを無視するがの如く、有希は何でもないような顔で聞いてくる。 ……? 何、今の質問。んなの答えは決まってるじゃない。 「もちろん生きているわ。ヒラで雑用のあいつの生殺与奪の権限はあたしが持っているんだから。それがたとえ宇宙空間だろうと生きてなきゃ許さないわよ」 「それを聞いて安心した。これでわたしも希望を持って創作……もとい、捜索できるというもの」 何で言い直したのかしら? 「単なる言語表現の間違い。深い意味はない」 本当に? 「嘘つく意味もない。わたしという個体も彼のオリジナルが戻ってきてほしいと望んでいる。わたしだけでなく、あなたはもちろん、古泉一樹も朝比奈みくるも」 「分かった。じゃあしっかり探してきてね。あたしたちもこの辺りはくまなく探すから」 「了解した」 あたしが了承すると同時に、有希は颯爽と部室を後にする。 その後ろ姿を見送って、 頼んだわ……有希…… 妹ちゃんを抱きかかえたまま、あたしは、自分では気付けなかったけど、悲壮感漂う表情で有希を見送っていたらしい。 涼宮ハルヒの切望Ⅲ―side H― 涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side K―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3363.html
プロローグ その日から一週間、俺は学校を休んだ。 無断欠席などしたらあの団長様が黙っていないだろうことは明白だ。 しかし、そうはいってもその時、俺はこの世に存在していなかったのだから仕方ない。 弁解の余地もできない…、まぁ、俺の居ない間のハルヒの面倒は、 他のSOS団メンバーを信頼するしかない。頼んだぜ。 っと、なんだか遺書めいてしまったが、心配するな。 ちゃんと俺は生きてるからな。 いつもいつも巻き込まれてる俺だが今回ばかりは、蚊帳の外のようだ。 だが、一番の当事者でもあるらしい。なんだかな。 いつものハルヒのような立場、てのがしっくりくるか。 ま、そんな感じの一週間だったらしい。 ことの発端は、日曜の夜みんなで心霊スポットめぐりをした次の日だった…。 その日、目が覚めたら一週間後だった。 日曜日の夜に寝て、また日曜日が始まったのだ、エンドレスサンデーか? いやいやそんなことより…。 「なんで朝比奈さんが俺の部屋にいるんですか?」 ええーと、ひょっとして夢? たしかにあなたのエンジェルヴォイスで起こしてもらえたらいいな~、なんて。 思ったりしたこともあったりするかもしれない気がするよ~な…。 ええ~い!落ち着け、俺! 「あのーわたしにも詳しくはまだ知らされてないのでよくわからないのですが、 取り敢えずこの後のことは古泉君に聞くように、とのことです。 実は私も七日前から来たばかりなので」 と言って朝比奈さんは少し困った表情で微笑んだ。 じゃ、俺は一応未来にやってきたってことなのか? 「はい、そのようです。あの、ごめんなさい、わたしそろそろ元の時間に帰らないと、 キョン君またね」 と言って朝比奈さんはそそくさと俺の部屋から出て行ってしまった。おーい。 ひとりポツンと残される俺、そもそも俺の部屋なので残されるってのも変なのだが。 ……えーとなんだっけ?一週間後!? ま、朝比奈さんがいたってことは時間移動をしてきたってことで間違いないだろう。 で、後は古泉に聞けってか!?こんどはなんだぁ?いつもながら唐突だな。くそ。 しゃーない、朝飯食ったら古泉を電話で呼び出してやる、っと軽く思ってたら…。 ウチの家族が誰もいねえっ!どこいった?なにがあった? 事態は思ったより深刻な状況のようだ、すぐに着替えて家を出る、とそこに。 タクシーが一台停まっていた。見覚えがあるぞこの車は。 「やあ、お待ちしておりました」 「古泉か、わざわざ電話する必要もなかったって事だな。いったいなにがあった?」 「そのことについては後で詳しくお話します、でもまず、 これから僕とあなたでしなければならないことがあります。一緒に来てください」 真面目な顔をするな古泉、それに気色悪い誘い方をするんじゃねえ。 とはいっても誘いに乗るしか手はないか…。 仕方なく俺はタクシーに乗った。 俺がいなくなってた一週間に何があったんだ? 第一章 月曜日である、俺はその時間、いやその期間この時空に存在していなかったのだから、 当然学校には行っていない。 試験後の短縮授業なので休んでいても、それほど勉学に支障はないだろう、だが! 無断で学校を休んだりなどしたら、あの団長さまが黙っちゃいないだろう事は想像が付く。 しかし、俺が存在していないこの一週間を俺が語るってのも少々無理がありそうなんだが… 仕方ない、こればっかりは誰かに譲るわけにはいかないんでな、我慢してくれ諸君。 なのでこれからのことは誰かに聞いた事と俺の憶測、推測、 そして説明不足などいろいろ出てくるかもしれんが、細かい突っ込みはなしってことでよろしく。 では、話を戻そう。 宇宙人的情報操作の賜物だろうか、 俺の家族は田舎の親類のお葬式に借り出されていることになっていた。 いわゆる忌引きってやつだ。 田舎で初七日まで終わらせるって話になっていた。 ま、ハルヒ対策にはもってこいな事情だな。 で、その日の放課後。 いつもの、じゃなかった、俺が居ないSOS団はどうだったのか。 またハルヒが朝比奈さんをおもちゃにしてなきゃいいが…などと心配したが、 いまさらどうしようもない事に気づいた。それに、心配するようなことは起きなかったらしい。 だが、何も起こらなかった訳ではないそうだ。 「話がある」 なんと、長門の方からハルヒに話し掛けたそうである。 「なに?有希、めずらしいわね」 その場にいないので二人がどんな表情なのかわからんが、長門は無表情だったろう。 「事情があって明日からしばらく部への参加が出来なくなった、許可を」 「…え!?」ハルヒじゃなくてもあっけにとられるだろう、俺だって驚くさ。 「事情ってなに?」っと言った後、 小声で、「まさかキョンがいないからってんじゃないでしょうね…」っとハルヒ。 おいおい、いまだに俺と長門のこと怪しいと思ってるのかね、あの団長は。 数回瞬きしたあと長門は「……家庭の事情」っとボソリと言った。 「…………!」 きっとハルヒも朝比奈さんも古泉ですら絶句しただろう。 もうすぐ春だというのに世界が凍りつきましたよ長門さん。 その凍った世界からいち早く抜け出したのはハルヒだった。 がたっと椅子から立ち上がり、 「有希、ちょっと一緒にきて」っと言って部室から出て行った。 まあ、ハルヒのことだ、雪山遭難時に俺が言った半分作り話を思い出したのだろう。 長門が転校するかもしれない、ってやつだ。 だがその心配をする必要はなかったはずだ。 現に、部室に戻ってきたハルヒは機嫌が悪くなってなかったらしい。 長門がなんとハルヒにいったのか?それは…。 妹がくるのでその相手をしなければならないって事だそうだ。 長門の妹?朝倉涼子や喜緑江美里さんに次ぐ第四のインターフェースか? まさか次の新一年生で北高に入ってくるんじゃないだろうな。 なんだか右わき腹がちくちくうずく。またトラウマがふえなければいいんだが。 当然のことながら、長門の申請は許可された。 ちゃんとした理由さえあれば強制参加はしなくていいのがハルヒ流らしい。 それに、なぜか俺たちSOS団メンバーについて深入りしてこなかったしな。 まあ、俺は隠さなければならない生い立ちなどもないから別にいいのだが、 他のメンバーは詮索されると困る事情があるからな。 でも、ハルヒはそんなことはしないだろう、なぜかは知らんが、 それがハルヒなのだってことにしとけ。 第二章 火曜日である。 授業中のハルヒについてはクラスの違うSOS団メンバーに聞いても仕方ない。 谷口か国木田あたりに聞くしかないのだが、そんなことをすれば、 また変な誤解を生むことだと悟った俺はなにも聞かなかった。 なのでその日の放課後だ。ついてこい! だが、別段なにもおこらなかった、いや、水面下で起こっていたのかもしれんが、 それはあとで知ることになる。 涼宮ハルヒは退屈していた。 これはなんとなく分かる。メンバーが俺を含め、二人もいないのだ。 ハルヒが何か思いついたとしても、絶対五人で行動するはずだしな。 こんな調子じゃいずれ古泉のバイトも発生するだろう。 そうなると朝比奈さんとハルヒだけになってしまう。 不機嫌なハルヒと朝比奈さんのおろおろする姿が見えてきた。 そんなこんなでこの日のSOS団はいつもより早く終了した。 終了間際、 「有希とキョンが戻ってくるまでSOS団の活動も中止にしようと思うけど、…いい?」 っとハルヒが言ったらしい。 むろん朝比奈さんも古泉も異論はないだろうが、 なんだ?ハルヒらしくない言い回しだな、いつもなら決定事項だけ言って終わりのはずなのだが。 朝比奈さんや古泉相手だと態度がちがうのか? 「いえ、そうではありません、涼宮さんはあなたがいる時だけ決定事項でいうのですよ」と、古泉。 どういうことだ?そりゃ。 「現在、涼宮さんの言動に意見するのはあなただけです」 たしかにそうだが。 「なので何をいっても賛同する我々にはああ言う風な言い回しをしてきます、 彼女の理性的な部分と言いましょうか…まぁ、あなただけ特別扱いされてるということですよ」 なんだそりゃ、全然意味がわからん。しかもうらやましそうに言うな。 そんなに特別扱いされたきゃお前も意見すればいい、そうすりゃ俺も少しは楽になる。 「それは…遠慮しておきましょう、僕の存在理由が問われる問題に発展しそうだ」 まぁ、古泉が所属してる機関と呼ばれる所は、ハルヒを神扱いしていて、 神に逆らうなんて言語道断!ってことなんだろうが…。 一瞬素の古泉が見えた気がしたぞ。おまえ、今、少し考えただろ? 第三章 水曜日である。 この日はなにも起こらなかったそうだ。 …おいおい、いいのかそれで、これじゃ三日坊主の日記以下じゃないか。 これじゃ何のために俺が一週間後まで飛ばされたのか全然理解出来んぞ。 それにウチの家族はどこいったんだ? まさか本当に田舎で葬儀の準備してるんじゃないんだろ。 「半分は当たってます、っといいましょうか… あなたの御家族もあなた同様未来に飛びました、あなたより一日多くです。 それに、おそらくこの一週間の出来事を記憶した状態で現れると思います。 出来事といっても偽りの記憶だと思いますが、あなたの御家族は、 本当に田舎で葬式をした記憶を持っていることになってるはずです」と、古泉。 記憶の改竄… そんなこと出来そうなヤツはそうそういない。 長門か? と、思っていたら。もう一人の宇宙人製インターフェース、喜緑さんのほうだった。 聞くところによると、上級生インターフェースは事後処理担当だそうだ。 言われてみれば納得しそうな気もしなくはない、事なかれ主義って感じだったしな。 ていうか何を考えてるのか分からん、ってのが正解か。 なんかもっと含みのある感じもするし、言っちゃ悪いが腹黒い気もする。 長門は表情こそ乏しいが心情が伝わってくるし、よっぽど人間っぽいよな。 朝倉は長門とは逆に表情は豊かだったが、笑顔で襲い掛かってくる姿は… やっぱやめよう、思い出したくもない…。 「そういえば、あなたは以前TFEIの朝倉涼子に命を狙われたようですが、 まあ、よく無事でいられたものですね」 わざとか古泉、今思い出したくないって考えたばっかだぞ。 お前は人の心を読むエスパーか?いや、ある意味エスパーであってるんだったな。 「長門のおかげで命拾いさせてもらった、一度ならず二度までもな、 ま、ほかにも色々助けてもらってるけど」 くそ、お前のせいで脇腹に刺さる冷たい物の感覚を思い出したじゃねえか。 はっきり言って、あんな感覚を体験してて生きてるのは俺ぐらいじゃないのかって思ってると。 「長門さんの能力がすごいのは十分承知しています。 ですが、本当に長門さんの能力だけであなたを守ったのでしょうか」 ちょっとまて、なにがいいたい? 「我々は他のTFEIとも会っています、はっきり言いましょう、 あの方たちなら、『命を狙われている』 ということすら知らない間に目的を遂げることが出来るはずです」 ……言葉がでなくなった。思い出してみろ、 朝倉はわざわざ教室に俺を呼び出して、ナイフを持って襲い掛かってきた。 いかにも命を狙ってますよってのを俺にわからせるかのように。 俺を殺したいのなら古泉の言うとおり、わざわざ姿を見せる必要がない、 交通事故でもいいし、階段から落ちて頭を強打でもいいだろう。いや、よくないが。 「あれは茶番だったということか?」 「その可能性が高いというだけですが、まあ、既定事項と言った方がいいかもしれませんね、 それに、あなたもうすうす勘付いてたんじゃありませんか?」 いや、実際刺されるまではそう思ってたんだがな。いかんせん、あのトラウマは強烈なんだ。 だからこの前、ハルヒが言っていた『泣いた赤鬼』の話、 青鬼に合ったら親切にしてあげるのよ、と言っていたが、ちょっとできそうにないな、まだ。 節分の時の鬼面を頭に付けた長門の姿が浮かび、改変世界の寂しげな表情をした長門とダブった。 そういや、朝倉の居たあの世界は長門の望んだ世界だったよな。 「あと、長門さんは、ほかのTFEIと違って、オンリーワンの存在になりつつあります」 どういうことだ? 「今の僕と似たような状態でしょう、きっと彼女は情報統合思念体の端末という立場より、 SOS団の一員として行動するほうを望んでいる節があります」 古泉の言いたいことはだいたいわかる、まったくもってそのとおりだと思う。 しかし、古泉がこの話を振ってきた理由がこの一週間の出来事が起因だとは思いもしなかった。 第四章 木曜日である。 さて、もう後半だ、何が起こったのか、もう起こっているのか、 そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?みんなもそう思うだろ。 学校での出来事は、昨日と同じく省略だ。 と、いいたいが、大きな違いがあったようだ。 長門が、あの長門有希が学校を欠席していたのである。マジか! 吹雪の洋館以来の衝撃だ、ちくしょう、なんでその時俺はいないんだ! などと今更言っても仕方がない、もう過去の出来事である。 今現在、すでに事件は解決していて全員無事ってことだしな。 さて、ここで疑問があるのだが、ハルヒは長門が欠席していることを知っていたのか? もし、知っていたら電話でもして長門に欠席理由を聞き出しているだろう。 そしてその欠席理由が雪山の時のような体調不良なのだとしたら、 絶対長門の家に押しかけて来ているに違いない。 団員の心配をするのは団長の務めらしいからな。 だが今回、ハルヒに知られては少々やっかいな事になるらしいそうだ。 どういうことだ?というと。 長門が言っていた、妹、が原因だったからである。 さあ、やっと核心に近づいてまいりましたよ。 今回の件、すべての発端は長門の妹と称される、 第四のインターフェースが、ある人物に危害を加えるのが目的である、 ということが判明したからだそうだ。 ちょっとまて、ある人物って、まさか……。 ……そのまさかだった。マジで? なるほど、保護対象である人物を守る方法として最適だろう、今の俺の状況は。 俺が当事者で蚊帳の外である理由も納得だ。 宇宙人同士の本気の戦いがどんなものなのか、 長門と朝倉の戦いしか見てないからあの状況しか想像できないが、 ハルヒがのこのこと長門の家に行って、串刺しの長門の姿なんぞ目撃したら、 それこそどんなことになるか想像できん。 いくら長門が「へいき」といっても、ちっとも平気には見えねえんだからな。 なにはともあれ、長門が欠席していることはハルヒに知られずにすんだようだ。 しかし、そうなると長門の妹とやらは相当手強い相手だったってことか。 などと楽観視していたのは、すでに全員無事である、 ということを聞いていたせいなのだが、実際はそう楽観視出来ない状況だったらしい。 下手をしたら長門が朝倉の様に消えてしまっていてもおかしくはない状態だったそうだ。 後から聞いたんだが宇宙人同士、いや、情報生命体の端末である彼女たちのの戦いは、 もちろん情報戦である、とのことだそうだ。 なので、いくらでも再生可能な肉体に損傷をあたえる攻撃などは意味がないそうだ。 なるほどね、串刺しでも平気なわけだ。 で、情報戦というのはどんなものなのか?というと。 簡単にいえばシミュレーションゲームのようなものらしい。 いや、ちょっと違うか、コンピューターウイルス対ワクチンプログラム、 ってのが近い概念だそうだ。 吹雪の洋館での長門の様に、少しずつ動きが緩慢になって、 最後には行動不能になってしまうらしい。 考えたくはないが、長門が学校を休んだと言うことは、 今回もそのような状態になってしまったのか……。 第五章 金曜日である。 俺が時間移動してきた日曜の朝には事件が解決していた。てことは、 少なくても金、土あたりには決着がついたはずである。 その時間にいない俺としてはいまいち緊迫感に欠けてしまうんだが、 話を聞いてるとその場にいなくて正解だったかもしれん。 精神衛生上良くないことのオンパレードだったそうだ。 その日、長門は少々…いや、結構窮地に立たされていた。 何度も言うが、長門の妹は相当強かったそうで。 このままだと金曜日中に、長門は行動不能となっていて、 長門の妹を止める事ができなくなっていただろう。 結果として、俺が今こうして無事でいられる訳はないことは明白だ。 じゃあどうやって勝利したのか。 それは、この日の授業終了後での出来事から始まったそうだ。 「どうしたんだいっ、みくる。今日は朝から元気ないじゃあないか、 悩みでもあるのかい?」 なぁんて事を言ったかどうかわからんが、鶴屋さんから朝比奈さんに声をかけた。 なにやら朝比奈さんは冬休み明けの時と同様、憂鬱状態に陥っていたらしい。 そりゃあまあ、当時危機的状況だったから、 憂鬱になってもしかたないっちゃあそうなんだが。 実は原因はそれだけではなかったらしい。 なにやらまた、未来から指令が来ていたそうだ。 で、その指令だが、ちょっとばかし朝比奈さんには荷が重いかもしれない内容だった。 『下校時、涼宮ハルヒをある場所にまでつれてくること、 ただし二人きりでなくても良い』 と、まあこんな感じの内容らしい。 朝比奈さん一人でハルヒを誘っても、うまく誘導できず、 なんだか余計ややこしい事になってしまいそうだろうし、 かといって本当のことを言うわけにもいかない。 二人きりでなくて良いってんなら、前回のこともあるだろう、俺を誘っていたに違いない、 しかし、俺はその時間存在していなかった。 となると、朝比奈さんの正体を知ってる人間で、誘えそうなのは古泉位しか残ってない。 てなわけで、俺はてっきりSOS団の残りの三人で指令の場所へ行くのだろうと、 思っていたのだが…。 なんてことだ!古泉の野郎、朝比奈さんのお誘いを断りやがった。 「そんなに怒らないで下さい、僕としても魅力的な女性お二人を、 エスコートする方を選びたかったんですが、 どうしても外せない用事があったものですからね」 なんだ?とうとう例のバイトがはじまったのか。 「いえ、そうではありません、ですが、その方がよかったかもしれません」 真面目な顔をするな、お前のその顔はなんだか心臓に悪いぞ。 「今回の件、以前あなたと約束したことをしなければならないのではないかと判断しまして…」 約束ってなんだっけ? あ、思い出した!はい思い出しました。だからその顔はやめろ。 長門が窮地に追い込まれて、それが機関にとって好都合だとしても、 古泉は一度だけ機関を裏切って俺たちに味方するってやつだったな。 だが、今の状態がその機関とやらにとって好都合なことだとは思えないんだが…。 「そうです、我々としてもこのまま長門さんに負けてもらっては困ります。 ですが、長門さんに加勢したくても通常空間では僕もあなた同様一般人です、 足手まといにしかなりません。 ではどうすれば良いか?簡単です、相手を閉鎖空間に追い込めば良いんです。 そうすれば少しは戦力になれるでしょう、しかしながら、その当時、 閉鎖空間は発生していなかった。そこが問題でした。 機関の一員としては、涼宮さんに閉鎖空間を発生させる様な行動をとるなんて、 許可されるはずありませんからね。」 今までに知り合った機関の人たちを見ても、 それほど頭の固い連中とは思えないんだがな。 まぁ、すべて演技だったかもしれんが。 「長門さんに加勢することに関してはすでに許可されてました、 後は閉鎖空間の自然発生待ちでした。 涼宮さんがSOS団の活動をしばらく中止にしたから、 閉鎖空間も木曜から金曜あたりに発生するのではないか、 と思ってたんですが」 そういえばなぜ発生しなかったんだ? SOS団の活動はハルヒにとって退屈の緩和、ストレスの解消になってたはずだ。 なぜか?っていうと古泉曰く、 団の活動休止とともにハルヒの思考も休止していたってことらしい。 授業中ずっとぼんやりと窓の外を見ているハルヒが浮かんだ。 なにか思いついたらすぐ行動する団長様だ、 すぐに行動出来ないのなら何も思いつかない様にしていたってことか。 普段どうでもいい時に閉鎖空間を発生させてるくせに、 肝心な時に発生させないとは、まったく、とんだ神様だな。 で、古泉、ハルヒに閉鎖空間を発生させるのにどんなことをしたんだ? ちょっとそこが興味あるな。 「そのことですが、金曜の昼くらいに特例で機関の許可と協力がえられましてね、 正直胸をなでおろす気分でした。 ですから、あなたとの約束はまだ継続中です、安心してください」 おいおい、安心したのは俺じゃなくておまえだろ。 第六章 金曜日その2である。 その日の放課後だ。 ハルヒと朝比奈さんと鶴屋さんが指令された場所に向かっていた。 朝比奈さんがあたふたしながら鶴屋さんに事情を説明して、 鶴屋さんが細かいことは気にせず、 「わかったてばっ!みくる、 取り敢えずハルにゃんをその場所にうまく連れ出せばいいってことにょろね~」 てなやり取りがあったのだろう。 ま、鶴屋さんならハルヒをうまく誘導することが出来そうだ。 「あれ、この先って……」とハルヒ。 「そうだねっ、意外と不思議な物って近くに在りすぎて、 見落としやすいかもしれないってことっさ」 なにか不思議な物を見つけたからその場所に行こうとでもハルヒに言ったのだろう。 どうやら目的の場所はハルヒの知っているところらしい。 そしてもうすぐ目的地ってところで意外な人物にであったそうだ。 生徒会長と喜緑さんがいた。 「あんた達!まさかあたし達より先に不思議な物を手にいれようと先回りしてきたのね、 そーはいかないわ!どっちが先に見つけるか勝負よ!勝負」 ハルヒのことだ、こんな感じにまくしたてたか、あるいは。 「何?ひょっとしてあたし達をおびき出そうとして偽の情報でも流したのかしら? そんな回りくどいことしなくてもSOS団はどんな勝負も受けて立つわよ!」 などと言って結局、勝負事にもっていきそうだな。 鶴屋さんなら「あれあれ、ひょっとして逢引き?お安くないなあ!あやかりたいっ」 なぁんてこと言ってたかもしれないが。 それはともかく、なぜ生徒会の二人がこんなところにいたのか。 だいたい、古泉の差し金だろうってことは察しが着く、 ハルヒに閉鎖空間を発生させる為の人材として、あの生徒会長はもってこいだろう。 「なにを勘違いしてるか知らんが、我々がここに来たのは、 国家公務員に情報提供をするためだ。 最近ここらで北高らしき制服を着た不審人物を見かけたらしい、 とのことで、全生徒の容姿を把握しているという喜緑くんと共に来ただけだ」 「ふーん、不審人物ねぇ、なるほど。ますますSOS団の出番のようね」 などと言って、ハルヒはいつもの様に瞳を輝かせたんだろうな。 「涼宮くん、なにやら喜んでる様にも見受けられるが、少々不謹慎ではないかね、 国家公務員が動いている、ということはすでに被害が出ているということだ。 それにその様子だと、事情を知ってからここに来たのではないようだな」 さすがに被害が出てるなんて訊いたらハルヒもおとなしくなるだろう。 しかしこの生徒会長、ハルヒを黙らせるとはたいしたもんだ。 「…それでぇ、その不審人物って、北高の生徒だったのかな?」 いくら訊いた話からの想像とはいえ、そろそろ朝比奈さんもしゃべらせないといかんよな。 朝比奈さんの質問に答えたのは喜緑さんだった、 不審人物は北高の生徒ではなかったそうだ。 「我々はこれで失礼する、その前に一つ忠告しておこう、 この先には行かないほうがいい。と、言っても聴かないだろうがな」 それはハルヒにとってこの先に行けってことですよ会長。 そして、喜緑さんが去り際に、 「ひょっとしたら彼、転校することになるかもしれません」とハルヒに耳打ちしたそうだ。 ───え!?どういうこと? とハルヒはこの時思っていただろう。その現場に着くまでは。 第七章 とうとう閉鎖空間が発生した。 心底その現場に俺がいなくてよかったと思う。 ハルヒ達が向かっていた場所は俺の家だった。だが、そこに俺の家はなかった。 火事があって全焼だったそうだ。マジで!? 古泉のやつがそのときの現場の写真を見せやがる、にこやかにそんな物出すな! 写真だけでも相当な衝撃だ、もし現場にいたらどんなだったろう。 さすがのハルヒも取り乱していただろう、近くにいた警官に経緯を聞き出していた。 ちなみにこの警官、機関の関係者だったそうだ。 そして重要参考人とされる不審人物の写真を見せてもらったとき、 閉鎖空間が発生したそうだ。 どうやって手に入れたのか、その写真は長門の妹とされる第四のインターフェースだった。 で、その写真はないのか?ちょっと見てみたいんだが。 残念ながらその写真は事件解決と同時に消えてしまったそうだ。 と、まあこんな感じでめでたく?閉鎖空間は発生した。大規模でしかも俺の家を中心に。 あとは古泉たちと長門で何とかなったんだろうと思ったんだが。 そうは問屋が卸さなかった。 ハルヒはその写真を見た瞬間、今きた道を走り出した。 ここに来る途中でその人物とすれ違ったからだそうだ。 すれ違った人の顔までよく覚えてるな、瞬間記憶能力者か?探偵にでもなればいい。 て、冗談はおいといて。 しかしいやな予感がするな、話を訊いてるだけでも不安になる。 はい、予感的中! 長門との情報戦の最中だろうか、第四のインターフェースも動きが緩慢だった。 とは言え、通常空間からだと逃げられる可能性があると判断して、 古泉たちは超能力が使える閉鎖空間側から長門の妹を引きずり込んだ。 と、同時に一斉攻撃。てのが作戦だったらしいのだが……。 あろうことかハルヒも一緒に閉鎖空間まで引きずり込んでしまったそうだ。 ハルヒが第四のインターフェースを見つけ出し、 「ちょっとあんた!待ちなさいっ」などと言って、腕でも掴んでたんだろう。 まったく余計なことをしてくれる。 「僕もその時はさすがに血の気が引きました、ですが、 おかげでTFEIの隙を突くことが出来たのかもしれません」 それはそうかもしれんが。 「すでにTFEIへの一斉攻撃は開始されてましたから、 涼宮さんも巻き添えをくらってしまうところでした、 なんとか彼女を突き飛ばして僕が盾になることで事なきを得ました」 なんだかしらんがこいつの得意げな態度が無性に腹立たしいのはなんだ? まあいい、古泉、一応感謝しておく。 で、ハルヒはというと、幸いなことに気を失っていたそうだ。 ところで、その時の閉鎖空間は少々いつもと違っていたそうだ。 ハルヒが中に入って来たからなのかわからんが、 古泉たちの能力がさらに強くなっていたそうだ。 そして、一斉に現れた数体の神人が第四のインターフェースに襲い掛かったのだ。 これが決定打となり、長門の逆転勝利となったのである。 「それに、ヒロインをかばっての名誉の負傷なんて、 物語の主人公にでもなった気分ですよ」 と言ってにこやかに包帯を巻いた左腕を見せる古泉。 お前はひょっとしてMなのか。 第八章 土曜日である。 この日、久々にSOS団の活動があったそうだ。 金曜の出来事は機関と宇宙人と未来人の協力のもと、 ハルヒの夢落ちにでっち上げた、ワンパターンだがな。 そこで問題は鶴屋さんだったのだが、 「めがっさ面白いもんも見れたし、ハルにゃんには悪いけど、 今日の出来事は秘密のいないないばーって事にしとけばいいってことにょろね」 とまあこんな具合で問題は解決だ。 鶴屋さんが言う、めがっさ面白いもんってのは、 さっきまで焼失していた俺の家が、 あっと言う間にもとどうりになっていったことだそうだ。 で、前回気を失っていたハルヒだが、目覚めたのはSOS団の部室だった。 しかも気を失うより少し前に時間遡行させておくという念の入れようだ。 ちょうど閉鎖空間が発生した時刻あたりだな。 ハルヒのすごく戸惑った表情が見れなかったのが悔やまれるがな。 てなわけで、土曜日、長門も復活し、俺以外のSOS団メンバ-は、 団長様の号令のもと、不思議探検に出かけていった。 もちろん行き先は、俺の家だった。 団員には、 「意外と不思議な物って近くにあるかもしれないのよ、でもキョンのことだから、 そのことにまったく気づかないで見過ごしてる可能性があるわ」 などといっていたらしいが、そのセリフそっくりそのままお前に返してやるぞ。 朝比奈さんと長門、俺の変わりに突っ込みを入れておいてくれ。 「僕が前日に気を失うほどの突っ込みをしておきましたから」と、古泉。 お前には訊いとらんっ! エピローグ 月曜日がやってきた。 登校中のことである。 「ようキョン、久しぶりだな」と言って肩をたたかれた。 なんだ、谷口か。まあ一週間休んだことになってるからな。 久しぶりだな、ってことにしとく。 しかし、俺がいない間いろいろあったらしいな。 「なにいってんだキョン、逆にまったく何もなかったぜ、 涼宮も……お前がいないせいか、不気味なほどおとなしかったしな」 俺がハルヒを焚き付けてるみたいな言い方をするな、人聞きの悪い。 「ま、誰に訊いたかしらんが先週は平和だったってことだ、 ところでキョン、今日は何の日か知ってるか?」 ああ、知ってるよ、そのおかげで昨日からいろいろ準備してんだからな。 「そりゃあ、ご苦労なこった」と、谷口が言ったところで会話は終了、 学校に着いた。 教室に入り、席に着く。 まず、やっておかなければならないことがある。おちつけ、悟られるな、俺。 ココさえ乗り切れば、計画は成功したも同然だ。 後ろの団長様に今日の部活に参加できないって事を伝えねばならん。 その為に昨日のうちにいろいろ言い訳を考えてきたからな。 前回はシャミセンが円形脱毛症になったってことにしたっけ。 今回は田舎に行ってる間に妹と出かける約束をしちまったってことにするか。 「あー、すまんがハルヒ。今日の部活、用事が出来て参加出来なくなっちまったんだ」 俺は、ハルヒが不機嫌な顔をすると思っていたんだが、 意外とキョトンとした顔で、「用事ってなに?」と訊いてきた。 少々拍子抜けしたが、ここで用意していた言い訳を伝えようとして口を開いた矢先。 「ひょっとして家庭の事情?、まさか妹の相手をしなきゃならないって言い出すんじゃ…」 そのまさかなんだが…先に言われるのは予想外だ。 妹は、葬式の間おとなしくしていたら好きなものを買ってもらう、 と親と約束したのはいいが、 次の休日まで待ちきれないっと駄々をこねた為、 今日、俺が妹の買い物に付き合うことになった。 というのが昨日考えたシナリオだ。もちろんハルヒの許可は下りた。 ともかくこれで準備は整った。あとは放課後を待つばかり。 で、その放課後だ。 昨日古泉とタクシーに乗って連れてこられた場所に俺は来てる。 古泉は俺より先に来ていやがった。 ま、ココは機関が用意した場所だからな、まあいい。 それより、最後の準備をしなければならん。 そろそろ鶴屋さんに誘われてSOS団の女性陣がココに来るころだ。 一応、鶴屋さんには事前に説明しておいた。 うまくハルヒ達を誘い出してくれてることだろう。 さて、ここがどこだと言うと、イートインもできる洋菓子店だ。 機関が用意したとしては、こじんまりとしていい雰囲気な店内だ。 そして今並べてるのが、昨日新川さんと森さんに教えられながら作った、 俺の手作りデザート郡だ。 古泉のヤツは名誉の負傷とかで細かい作業ができないらしくて、ほとんど俺の力作だ。 しかたない、今回ばかりは俺もこれくらいしないとな。恩返しも兼ねて。 ハルヒも朝比奈さんも長門も、あと、ついでに古泉も。 この一週間、俺のために大活躍だったらしいからな。 感謝してるとはいえ、ハルヒは夢落ちだし、 朝比奈さんは「私は何もしてません、未来からの指令に従っただけなんです」、 長門はまたもや「こちらの不手際」なんてこと言い出すに決まってる。 それに今日は三月十四日だ。先月のお返しもしなきゃならん。 ホワイトデーは三十倍の恩義で報いなければならんらしいからな。 てなわけで、昨日、古泉の話を聴きながらずっと作っていたのだが、足りるのか? デザートバイキング形式にしたのはちょっとまずかったか? 朝比奈さんはともかくハルヒと長門と鶴屋さんは結構食べそうだ。 あとは飲み物で誤魔化すしかないな。と思っていたら、 「足りないかもしれませんね」と、古泉。 手伝えなかった、お前が言うな! と、古泉の頭を叩いてやろうとハリセンを探しはじめた、 ちなみにハリセンは昨日古泉の話を聞いてる時に、 突っ込みを入れたくなる時が多々あったので今日用意してきたのさ。 しかし、そうこうしてる内に来客者が来たようだ、運がいいな古泉、 これから接客にいかねばならん、というわけで。 ほんじゃ、またな。 ・おまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4457.html
待ってろ、今行くからなハルヒ。 俺は再び大地に降り立った。なんてカッコイイシーンを演出してみたが、 周りには誰かがいるわけでもなく、少し自分の行動に後悔を感じたりもしていたが、 とりあえず、やることはやらないとなっと辺りを見渡した。 「閉鎖空間…か」 何度あの空間に入った事か。そういえば一番最初は古泉とだったな。 俺が初めてこの空間に連れられた時、初めてあいつの変態的能力を見せられた。 僕は超能力者です、なんてどこのSFオタクだよと思っていたが。 そんな俺の否定的かつ論理的な思考をいとも容易く打ち砕きやがった。 まぁどこが論理的なのかは今考えてみても思い当たらないのは何故でしょう。 しかし、人が球体になって空を飛ぶなんてどこぞのスーパーマンかと思っていたが、 古泉曰く、「僕達はニキビ治療薬みたいなものです」 実にお似合いだ。 そんな事を考えてる暇なんてなかったみたいだ。 閉鎖空間の広がる速度が以上だ。もう俺が見える範囲を全て覆い尽くしている。 しかし、ここは閉鎖空間のはずなんだが、違う気もしてきた。 何故かって?ハルヒの閉鎖空間は色のない世界。 以前、橘に連れて行かれた佐々木の閉鎖空間は色のある穏やかな世界。 この閉鎖空間はどちらにも該当しない。 なにか、二つが混ざったような、色がまばらについている。 だが穏やかな色ではない。血のような赤い色だ。 ここでそんな杞憂を抱いていても仕方ない。俺にはやることがある。 それだけだ。 俺はとりあえず北高に向かった。何故とりあえず其処にいくのかというと、 解っちまうもんは仕方ないさ。あいつならあそこにいる。 俺は何故かそう確信して動いちまうんだよな。 俺は心臓破りの坂を、その字の如く心臓が破れそうになりながらも必死に駆け上がった。 辛い、苦しい、気持ちい。あ、なんでもない只の妄言だ。 俺は息を切らし、今にも倒れそうになったがここで倒れてしまっては意味が無い。 だが、頑張った甲斐はあるってことだ。 見たこともない神人が目の前にいるからだよ。 やっぱりここに居たか、ハルヒ。 俺は校門を通りグランウンドに向かって走った。 「そんなに急がなくてもいいじゃない?」 足止め、そうこんなありきたりな展開が待っているとは。 やれやれ、予想外だな。 俺は声のほうを振り向いた。俺はその声の主に見覚えがあった。 それもそのはず、俺に刃物は本当に危ない物というトラウマを植えつけたあいつがいた。 「朝倉涼子…か、お前は長門に消されたはずじゃなかったのか」 朝倉涼子は笑みを崩さず、答えてきた。 「確かに私を構成していたインターフェイスは長門さんに情報連結を解除されて消えてしまったわ。 だけどね、私の情報生命体は分解されることなく情報統合思念体に回収されていたのよ。 勿論、急進派の、ね?」 とこいつが普通の女ならころっと騙されてしまいそうな笑顔でウィンクをされた。 しかし、俺にはそんなものは効きはしない。じゃぁ今考えたのはなにかって? そんな野暮なことを聞くもんじゃない。 俺だって健全な男児という訳だ。 そんな事を頭に巡らせていた俺は確実に、焦っていた。それもそうだ。 こいつは長門と一緒であの宇宙的なパワーの情報操作とやらが使える。 「急進派とやらはお前一人しかいないのか、よほど人望がないんだな」 と俺は余裕をみせるように、両手を広げ方を竦めて見せた。 「ここにいるのは私一人、だってこの空間に入るのは並大抵の情報処理じゃ追いつかないから、 他の人は私のバックアップに回ったって事」 あぁそんなことだと思ったよ、 だがそれさえ聞き出せればなんとか勝てる見込みがあるかもしれん。 「そうか、ならお互い忙しいみたいだし、また後でゆっくり話そう」 と苦し紛れに誤魔化すという奇策でもないが、試しにそういってみた。 思いのほか、朝倉涼子は黙ってこちらを見ている。 まさか、成功した? そんなわけなかった。 「用事ならあるわよ、私達はねこれほどまでにない情報爆発が予測できるこの状況を懇願していたの。 だからこんなところで失敗するわけにはいかないのよね。 だから、死んで。お願い」 おい、朝倉、お願いするところを間違えてるぞ。 なんてつっこみを入れている余裕はなかった。 ナイフを片手に駆け寄ってきた朝倉の攻撃を俺は寸での所でかわし、 足を払いのけた。 朝倉は驚いた表情をしていた。 「あら、いつのまにそんな動きができるようになったの? 教えて欲しいなぁ」 と甘い声で言ってきたが俺はそんなのに一々反応せず、 こちらから仕掛けた。それでも余裕を見せる朝倉は、 俺の攻撃を交わし、俺の背中に回し蹴りを放った後、 ナイフを持つ手を俺に向かって伸ばしてきた。 さすがにこれは反則だろう。 ナイフを持つ朝倉の手を左腕を使って受け流した。 それと同時に朝倉の腕に力を使った。 その瞬間、朝倉の腕が音を立てて消えていった。 「驚いたわね、まさかあなたがこんな事も出来るようになるなんて。 はやく殺しておくべきだったわ」 驚いているのは俺のほうだ、しかし唐突に理解し使えるようになったもんは仕方ない。 俺は確実に消耗している体力を温存しながら戦わなくてはならない、 という現実を突きつけられていたが、こいつ相手に温存できるわけが無い。 心臓破りの坂は、心臓破りではなく見事に心臓の串刺しになりうだった。 走らなければよかったなどと、後悔していると。 朝倉は腕を既に再生させていた。 「あら、自分の力に戸惑っているのかしら、残念ね」 朝倉は不適な笑みを浮かべ、なにやら呟いていた。あれか、長門の良くやる高速呪文か。 さすがにそれはまずい、俺は一気に距離を詰め朝倉の胸倉に力を使った。 その衝撃で後方に激しく吹き飛んだ朝倉だったが、 「最初からこうしてればよかった」 と俺のトラウマを掻き立てる言葉を吐いた。 それもそのはず、俺の体はピクリとも動かない。 これは非常にまずい状況だ。 「あなたがここまで出来ると思わなかったわ、少し残念だけど。 さよなら」 そういってナイフを俺の胸に向かって突いてきた。 俺は死を覚悟した瞬間、ナイフが目の前で止まっていた。 そのナイフを握っているのは紛れも無い。長門だ。 「長門!」 俺は久しぶりに長門に会った歓喜を喜ぶ暇など無いことは解っていたが、 それでもこの長門に会える事は俺にとっては最高に嬉しいことなんだ。 「あなたがここに来ることは予測していなかった、 その為反応が遅れてしまった。ごめんなさい」 気にするな、それより体が動かないんだ。 なんとか出来ないか、というと長門は情報連結解除開始。 といった、まさか俺を消さないよな。 朝倉の持つナイフが砂のように消えていった。 この光景は昔にみたなぁと思ってると、長門が俺を蹴り飛ばした。 これは痛い。 「それで動けるはず、あなたは私が守る。 だから、今はあなたは涼宮ハルヒの所にいって」 そういう長門の小さな背中はこの世界で一番頼りになるんじゃないか、 というくらいに心強く見えた。実際その通りだが。 「また、長門さんに邪魔されちゃったかぁ、でも次は私が勝つわよ」 朝倉はいつもより強張った表情をしていた、 それもそのはず、相手は長門だ。 長門の援護をしてやりたいが、今はあいつの所に行くのが先か。 すまん、長門。 俺はその場から立ち去った。 後ろから轟音がなっているのは、あいつらが戦っている証拠だ。 必ず会えるよな、長門。 俺はグラウンドに着いた、其処にはさっき見た神人が佇んでいた。 暴れるわけでもなく、ただそこに居た。 神人のから離れた位置に人影が見えた、そこにはハルヒ、佐々木、古泉、朝比奈さん、 そして橘がいた。ここからじゃ声が聞こえるか解らないが、 試しに叫んでみた。どうやら聞こえていないみたいだ。 くそ、もっと近くにいかなくては。 俺があいつらの側に駆け寄っていくと、 なにやら古泉達とハルヒが言い合ってるようだ。 ここで、俺は思いついた。 ここで格好良く登場するのが主役の華ってもんだ。 俺がゆっくり側に寄っていくと、古泉の声が聞こえてきた。 「涼宮さん、どうか落ち着いてください。 このままではこの世界は終わってしまいます」 おいおい、古泉暴露しちゃまずいんじゃなかったのか。 「だって、キョンが…キョンはもういないのよ…。 古泉君は涼宮さんが願えばきっと叶うはず、って言ったわよね。 それでもキョンは帰ってこない。 だからね、いらないの。キョンのいない世界なんていらないの!」 やれやれ、相変わらず我侭な団長さんだ。 俺はおちおち死ぬことも許されないらしい。 だが、そんなハルヒの言葉は俺にとっては嬉しかった。 そろそろ出て行くか。 「ハルヒ、待たせたな」 その場にいた全員が驚愕の色を顔に浮かべていた。 特に酷かったのはハルヒだ、間違いない。 「キョン…?キョン、キョン!」 ハルヒが駆け寄ってきた、俺はその猪突猛進な団長様を受け止めてあげた。 ハルヒは、喜びと困惑の表情を混ぜた顔をしていた。 「本当にキョンなの?これ…夢なんかじゃないよね?」 ハルヒが俺の体を力強く抱きしめる。 あぁ、夢じゃないさ。俺はここにいる。 お前に会いたくて帰ってきちまったんだ。 歯が浮くような台詞を言ってしまった自分に赤面しつつ、 俺はハルヒの頭を撫でてやった。 「よかった…。もう二度と会えないと思ってたんだよ。 このバカキョン…もう離れないって約束したじゃない」 ハルヒの大きな瞳から大粒の涙が流れる、 俺はそんなハルヒの頬に手を添えて、 軽く口付けをした。 勿論、ハルヒは顔面から火を噴くのではないかと思うくらい、 真っ赤にしていたが。俺もたぶん真っ赤だ。暑い。 何で、俺はキスしたかって?そりゃ大抵の人は、 俺がこの閉鎖空間から抜け出す為だと思うかもしれない。 だけど、俺はこんな我侭でうるさくて、優しいハルヒが好きなんだ。 「あ…あたしは先に言ったから、も、もう言わないわよ」 少し俯きかげんで俺の胸辺りを見ていたが、 少し上目使いでハルヒは俺に「でも、好き」と100万Wの笑顔で笑った。 ようやく帰ってきた実感が沸いた。 俺はハルヒの手を引き、古泉と朝比奈さんのところに向かった。 「お久しぶりです」 「キョンくん…キョンくん!」 そうだな、と古泉に答えた瞬間朝比奈さんが抱きついてきた。 朝比奈さん、まずいです。ハルヒがいるのに。 ハルヒの表情を恐る恐る覗いてみると、穏やかな表情だった。 変わったなハルヒ。 とりあえず朝比奈さんを落ち着かせ、 「もう会えないかと思った…でもよかった。 キョンくんがいればなんとかなる気がするの」 と言っていた朝比奈さん、俺はそんなに凄い人間じゃないですよ。 とりあえずまずは状況把握だ、古泉に問いかける。 「この神人はなんだ?」 俺の問いに答える前に、古泉が意外なことをいってきた。 「それより、言わせてください。僕もあなたに会いたかった」 これにはさすがの俺も驚いた、こいつから本音が聞ける日がくるとは。 でも、さすがに他意はないよな。俺にはそっちの趣味はないぜ。 「そんなつもりは、さすがに涼宮さんの前では言えませんが」 とニヤケ面を浮かべていた、おい、冗談はやめてくれ。 俺ははぁ…と溜息をついた。 「勿論冗談ですよ、しかしこの神人は僕にもよく解らない。 というのが今の現状です。佐々木さんをなんとか説得し、 動きを止めてもらっているのですが、それもいつまで続くか解りません」 そうかい、しかしハルヒがいるところでその話は禁句じゃなかったのか? 「涼宮さんにはもう話してあります。混乱していたみたいですが。 それでもあなたが戻ってくるならと必死に願っておられました」 なるほどな、だからさっきあんな口論をしていた訳か。 それにこの状況じゃ隠し通せないだろう。 俺は座り込んでる佐々木に目をやった。 俺と目が合った佐々木は、急いで目を逸らし背を向けた。 そうしたのはきっと俺に対しての罪悪感からだろう。 俺は、肩を震わせて座り込んでいる佐々木に声を掛けた。 「佐々木、ありがとうな。まだ俺達がここに立っていられるのは、 お前のおかげなんだ。礼をいう」 俺は佐々木の肩をぽんと叩いた。 振り向いた佐々木は大粒の涙をぼろぼろと流し、俺に抱きついてきた。 「キョン…僕は、僕は君を…」 俺はこんな姿の佐々木を見るのはじめてだったから、少し驚いてはいたが。 頭を軽く撫でてやり、背中をさすってやった。 「あぁ、解ってる。だがお前のことを俺は恨んだりはしない。 それはお前が一番よく解ってるだろ? 俺がお前を許す、それでいいか」 佐々木は何回も頷き俺に抱きついてきた。 この状況をハルヒが見ていれば必ず拗ねているはずだ。 俺が恐る恐るハルヒの表情を見ると、意外や意外。 穏やかな顔がそこにあった。 大人になったなお前も。でもやっぱり少し無理してるだろ。 さて、この事態の当事者の橘は俺の姿を見て未だに硬直していた。 俺は力強く睨みつけると、橘は腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。 「なんで…なんであなたがここにいるのよ…。おかしいじゃない。 あなたは死んだはずなのに」 俺はどうやらまだ死ねないらしい、と肩を竦めた。 そんな俺を橘が見上げていた、そこで何故か意を決したかのような顔をして、 「私はあなたに謝らなければいけません。それでも到底許されることではないと理解しています。 だけど、私は佐々木さんの為になにかしてあげたかった。 それが、人として間違ったやり方でも、佐々木さんにはずっと笑っていて欲しかった。 だから私は…」 もういいんだ、俺はそういって橘の言葉を遮った。 確かに俺はこいつにされたことを許そうとは思わない。 だが、人は憎しみに縛られて生きていれば、また人に憎まれる。 その連鎖から抜け出すことが出来なくなる。 だから、俺はお前のことは許したい。 時間はかかるかもしれないが。 「本当ですか…?あなたは…あなたって言う人は、本当にお人好し過ぎます」 橘は今までの緊張から解かれたかのように、泣き崩れた。 しかし、気になることがある。天蓋領域、周防九曜がいないということだ。 橘に聞いても知らないというし、古泉のほうを見ても肩を竦めるだけだった。 俺はあのなにを考えているか解らない宇宙人のことを考えながら神人を見上げ、 これをどうしたらいいものかと思い耽っていると、 長門が小走りでこちらに向かってきた。 「長門、大丈夫か?」 長門はコクリと頷き、 「朝倉涼子の情報連結を解除した」 といってはいたが、そのぼろぼろの姿に胸が痛くなる。 長門、すまなかった。そしてありがとう。 長門はコクリと頷いて、 「いい、私があなたを守りたいだけ」 と言ってくれた。こいつはいつからこんなに人間らしくなったのかな。 俺達にはそれ以上再開に浸る時間は残されてはいなかった。 神人が動き出したのだ、ハルヒと佐々木が抑えていたはずなのに。 俺達はとりあえず、ハルヒ、佐々木、橘、朝比奈さんを安全な場所に移動させた。 戦えるのは俺、古泉、長門だけだ。 俺が戦うというと古泉は、 「おや、あなたもこれで僕と一緒になれますね」 とニヤけ面で気持ち悪いことを言い出したので放っておく。 俺は長門にアイコンタクトを取った、こいつはこれで解るはず。 長門はコクリと頷き、 「平気、いける」 といっていた、こいつは心強い味方だ。 そういうと、古泉が横から割り込んできた。 「僕も勿論いけますよ。 しかし、あなたがどのような力をお持ちなのかは解りませんが。 頼りにさせてもらってもいいんですよね?」 あぁ、と俺は答えた。しかし、アイコンタクトの盗み見はよくない趣味だぞ古泉。 古泉はすこし肩を竦めて、 「それはあなたと僕が繋がっ」 と危ないことを言い出したので途中で俺は、 「いこう!」 と俺の言う言葉に二人は頷き、俺達は神人の元に駆け出した。 俺の不安は的中した。神人の動きが前に俺が見たときとは段違いで、 速い、つよい、でかい。 というまるでどこぞの店が看板に構えているような言葉が当てはまる程やばかった。 周りを見ると校舎がほぼ半壊している。 こいつ1体でこれかよ。勘弁してくれ。 と俺はいつもの定型句をまたこぼしていた。 やれやれ。 「こいつを壊すのは骨が折れそうだ」 俺が両手を広げ肩を竦めた。それに答えるかのように、 「僕はあなた達と一緒なら負ける気はしません。 元気100倍ですよ」 と自分では格好良いと思っているのか知らないが、変なポーズを取るな。 それではあれになっちまうぞ。 いっそ、パン工場で働いて来い。そっちのほうが機関よりましかもしれんぞ。 そんなやり取りを隣で見ていた長門が、 「バックアップップ」 と意味の解らないところで噛んだのは愛嬌だろうか。 まぁ可愛いからいいけどさ。 さて、そろそろ行こう。 そして、再び世界に光が差した。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2578.html
「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4232.html
空から振る冷たい水に当たらぬよう差しかざした職員用のそれは明らかに定員オーバーで、それなのに寒さ故に微かに震えたあたしの肩がちっとも濡れていなくて、隣に居る男の無駄な優しさに腹が立った。 その男は持論を淡々と述べていた。雨音にかき消されることのないよう普段より少し大きめの、しかしどこか優しくあたしを諭すような声で。 諭される筋合いなど無い。何故なら今「男の持論」と称したものはあたしの持論でもあるからだ。いつだったか机に突っ伏しながら独り言のように呟いていたのを覚えている。 今でもあたしにはその思想が変わらずにしっかりと根付いている。受け売りの癖して偉そうにしている部分を除けばこの男の話に異論は無いのだが、あたしの視界がどんどん滲んでいくことから矛盾が生じていることに気がつく。 左上に視線をやると冴えない男の横顔。 昨日と何の違いも無いはずなのに、どうしてか今まで見たどの横顔よりも凛々しく、そして格好良く映った。 本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。 「ハルヒ」 「何よ」 「好きだ」 「……え?」 「いや、『好きだった』んだ」 「……」 「恋愛感情なんて一瞬の気の迷いで精神病の一種だと俺は思う」 「……」 「付き合いなんてその場の口約束だし、結婚なんて薄っぺらい紙約束だ」 「……」 「そんなくだらん約束でお前を縛りたいとも繋ぎ止めたいとも思わない」 「……」 「だからお前を恋人と呼びたくない」 「……」 「だがもう一度言うぞ。好きだ、ハルヒ」 本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。 失ったその瞬間に初めてこの男に恋していたことに気付いたあたしは、 それと同時に新たな持論を確立したのだった。 「……あたしも好きよ、キョン」 要するに、あたしがこの男に抱く感情に足りる表現など存在しない。 それはこの男にとっても同じなのだ。 本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2570.html
先ほど言ったと思う。 これからは何との交流が待っているのか。 それが楽しみだ、と。 こうしてとりあえずのハッピーエンドを迎えたからにはもうそれほど無茶なことはないだろうと思ったからだ。 ここで言う無茶なことってのは誰かに危険が訪れたり、世界におかしな現象が起きたりってことだ。 きっとハルヒはもうそんなことは望まないはずだ。 だってそうだろ?こうしてSOS団がいる。ハルヒがいる。少なくとも俺は幸せだったからだ。 悪夢はもう終わった。いや、あれは悪夢ではなくいい経験ですらあった。そう考えて俺は安心しきっていた。 だからその前触れに全く気付かなかった。 ハルヒのあの言葉を完全に失念していた。俺はあのとき微かに聞こえた言葉の意味を理解していなかった。 ひょっとすると、この悪夢はまだ始まってさえいなかったなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ 少年は空を見上げていた。 おそらくはもう会うこともないであろう少年の姿を思いながら、少しずつ赤く染まる空を見上げていた。 そのとき彼の携帯電話が着信を告げ、彼はそれに答える。 その電話は彼の良く知る少女から呼び出しだった。 その少女の楽しそうな声を聞きながら彼は思った。おかしい、と。 なぜなら、彼が想うその少女は、今は別の少年と共にいるはずだから。 そう、彼が先ほどから思い浮かべていたその少年と。 不安を胸にしまいながらも、少女の言葉に従い、彼は自分の過ごし慣れた場所へ足を向ける。 文芸部、もといSOS団の部室へと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章 後編― とりあえず俺の元気そうな様子にみな安心したのか、病室であるにもかかわらず、5人での会話は盛り上がる。 これからのSOS団について、これからの俺の仕事について、先ほどの三人の盗み聞きについて。 とは言っても長門はいつものようにあまり喋ることはなく、時々相づちを打つ程度だったが。 それでも今の俺からはそんな長門もなんとなく楽しそうに見えた。 話が一段落した後にハルヒが提案する。 「キョンも病み上がりだし、あんまり無理させてもあれだし、ちょっと休憩しましょ」 ……休憩?病み上がりだからゆっくり寝させてあげましょうって発想はこいつにはないのか? いや、ないんだろうな。 「そうですね。では何か飲み物でも買ってきますよ」 古泉が椅子から立ち上がる。 「今度はちゃんと買ってくるんだろうな?」 「もちろんですよ。信用がないようですね」 当たり前だ。こいつは信じられん。 「そうね。一人でみんなの分は持てないだろうから有希も古泉くんと一緒に行ってきて。 あたしはこいつの家族にキョンが目を覚ましたってことを連絡してくるわ。 みくるちゃんはこいつが変なことしないように見張ってて。あ、変なことされないようにね」 しねぇよ。何だよ。変なことって。 そういえばこんなことになって親は心配してるだろうな。……申し訳ない。 「じゃあ連絡は頼むな。元気だと伝えてくれ」 「ま、心配しなくていいわ。変なことは言わないから」 そう言ってニヤリと不気味に笑う。 こいつは言う。間違いなく変なことを言う。まじでやめてくれ。 「それでは行きましょうか。長門さん」 「行く」 長門は古泉の後ろについて部屋を出る。 「じゃあ、また後でね」 ハルヒも二人に続いて部屋を飛び出し、二人とは反対の方向に走り出す。 ……何だ?この感じは? 何かが変?いや、違う。少し前にも同じことがあった気がする。 同じこと?何か忘れているのか? 何だ?思い出せ。この感じは重要なことのはず。とんでもないことになるんじゃないか?あれは確か―― 「どうかしましたか?具合良くないんですかぁ?」 朝比奈さんの言葉で思考が中断される。 「いえ、問題ありませんよ。少し考えごとをしてただけですから」 「それなら安心です。良かったですぅ……」 呟くように言葉を発して、朝比奈さんはそのまま思いつめた顔でうつむく。 「……?朝比奈さん?」 少し間があり、小さく頷くと、朝比奈さんは真剣な表情でバッと顔を上げた。 「キョンくんは異世界に行ってたんですよね?」 「ええ、そうですけど。……ひょっとして嘘だと思ってます?」 「いえっ、そんな。……キョンくんが異世界に本当に行ってたことは知ってるの。……知ってたの」 「知ってた?どういうことです」 「詳しいことはわからないんだけど……、キョンくんが異世界に行くということは既定事項だったの」 なんだって?既定事項? 「てことは元々俺は異世界に行くことになってたってことですか?」 「そうなんです。そしてそのことを私は前から知っていました」 「なら、先に教えてくれるってのはできなかったんですか?結構大変だったんですよ。……って、すいません。」 つい声が大きくなってしまった。 朝比奈さんはまたうつむいてしまう。 「……ごめんなさい。詳しくはわかりませんがそれをあなたに先に教えることは禁則事項だったんです。 おそらくは……キョンくんが何も知らないまま行くということが大事だったんだと思うの」 そう言われてみればそうかもしれない。もしそのことを知っていたなら俺の行動は全く違っていたはずだ。 そうだとしたら、俺が異世界に行ったことが無意味だということにもなりかねないということか? 「なるほど、それは朝比奈さんの言うとおりかもしれません」 「でも、それを伝えられなかったことをキョンくんにちゃんと謝っておきたかったんです。ごめんなさい」 まったく、正直な人だな。言わなかったらわからないってのに。 そういえば、と、今の話を聞いてみて思い出した。 これだけ大量のお見舞いの品を持ってきたってことは、今日俺が目を覚ますって知ってたってことだよな。 この量は朝比奈さんからの謝罪の気持ちなのかもしれないな。 「それと、もう一つ謝らないといけないことがあるんです」 まさか、これからまた何かあるのか? 「キョンくんが異世界でどんな風に何をしてきたのかについて私は何もしりません。 でも、キョンくんがこっちに帰ってから何かがあるということはわかっていました」 つまり、その何かってのはさっきのあれ、告白のことですか? 「実は上からの指令で、キョンくんに問題が起こりそうになったらそれに対処するように言われていたんです。 それについても詳しくは聞かされていないのでよくわかりませんけど……。 それでさっき部屋の外で古泉くんと会って、キョンくんから目を離さないように話したんです」 ってことは、その指令のせいでさっきの告白が筒抜けだったってことですか!? くそっ、許せん。未来人め。なんという羞恥プレイだ。 「本当にごめんなさい。まさかいきなり告白するなんて思ってなかったの」 まぁそりゃしょうがないか……。 「ってことは、とりあえず何も問題は起こらなかったってことですよね?」 「……今のところは、そうみたいです」 未来人は何を考えてんだ?何が見たかったんだ?俺が一体何をするってんだ。 ……いや、そんなことしないっつーの!って、どんなことだよ。 「あのぉ、どうかしましたかぁ?」 いえいえ、なんでもないです。なんでも。 どうやら不審な様子が思いっきり出てしまっていたようだ。気をつけないと。 「正直言うと何が起こるのか少し怖かったんですけど、何もなさそうで安心しましたぁ」 そうですね。そんなこと言われると俺も怖くなってきます。 「まぁきっとなんとかなりますよ。特にどうしろって言われてないってことはそんな無茶なことはないでしょう」 「そうですね」 朝比奈さんも俺の言葉に頷き、ニコッと笑う。 「あまり心配し過ぎも良くないですよ。気楽に行きま――」 ガチャ、ドンッ!! 突然轟音を上げてドアが開かれた。 俺の知り合いでこんな荒い開け方をするやつは一人しかいない。しかもノックなしで。 「あら、みくるちゃん。キョンの調子はどう?」 「別にどうということはないぞ。健康だ」 びっくりして固まっている朝比奈さんに変わって答える。 「あらそう。ま、とりあえずは元気そうね」 ん?なんかおかしなこと言ってないか?さっきから元気だったろ? なんだろう、この違和感は。 「まぁいい。うちの家族はなんて言ってた?」 「家族?なんのこと?」 「は?何言ってんだ?俺の家に連絡してくれてたんじゃないのか?」 「連絡?……ああ、連絡ね。したした。ちゃんとしといたわよ」 いや、してないな。こいつはしてない。今まで何やってたんだ? なんか変だぞ。この感じは少し前にも……。あれは―― 「そんなことはどうでもいいのよ。それより……」 そこで最悪に不気味な笑みを浮かべ、 「あんたにおもしろい客を連れてきたのよ」 と言った。 嫌な予感がする。 たぶんこの嫌な予感は当たっている。 さっきの言葉、『じゃあ、また後でね』という言葉が頭に浮かぶ。 そう、さっきの言葉だ。 しかし、もう少し前にも聞いたような気がする。 あれはいつだったか。思い出せ。思い出すんだ。あれは……。 ……って、あのときか! しまった。なんでこんな大事なこと忘れてたんだ。ぐあっ、最悪だ。 あの時ハルヒは、『後でね』と確かに言ったんだ。 そう、このハルヒが。 「じゃ、呼んでくるわね」 「おい、ハルヒちょっと待っ――」 遅かった。 ハルヒはドアを勢いよく開け、 「いいわ。入りなさい」 と声をかけた。 満面の笑みを浮かべたハルヒの後ろから入ってきたのは、ほんの数時間前に別れたはずの『俺』だった。 見つめ合う二人。 止まる時間。 「ほら、挨拶しなさいよ」 『俺』がハルヒに引っ張られて前に出る。 「あ、キョンくんもお見舞いに来てくれたんですかぁ?」 って、朝比奈さん知ってるんですか?まさか、これも既定事項? 「……どうも朝比奈さん」 『俺』は朝比奈さんの方に軽く挨拶した後、俺の方に向き直る。 「……よぉ」 「あ、ああ」 はい、挨拶終わり。 戸惑う二人を楽しそうにニヤニヤ眺めるハルヒ。 しばらくの沈黙の後、『俺』が話しかけて来る。 「とりあえず元気そうで安心したぜ」 「ああ、おかげさまでな。心配かけてすまなかったな」 『俺』が首を振って答える。 「俺はいい。けど長門は心配してたぜ」 「そうだな。長門には本当に世話になった。こっちでちゃんと元気でやっていると伝えてほしい。 あと、弁当うまかった、ありがとう。って言っといてくれないか」 「ああ、長門に言っとくよ」 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 こっちのハルヒと全く同じこと言いやがる。しかも同じ表情で。 話を変えるためにとりあえず状況を『俺』に聞いてみる。 「で、どうしてお前がここにいるんだ?」 「よくわからん。とりあえずハルヒに無理矢理連れて来られた」 「どうやってこっちに来たんだ?」 ハルヒは得意気にふふっ、と笑う。 「あんたが出入りしたおかげで異世界への行き方がわかったのよ」 ぐあっ、俺のせいかよ。いや、実際はこっちの世界のハルヒのせいだが。 「とりあえず、今はちょっとまずいん――」 「ひええぇぇぇええぇ!!」 突然朝比奈さんが絶叫する。 「キョキョキョ、キョンくんが、キョ、キョンくんが二人いるぅぅうぅ!!」 って今まで気づいてなかったんですか? 「あ、朝比奈さん、とりあえず落ち着いて下さ――」 コンコン。 「入りますよ」 挨拶と同時に入って来る古泉と長門。 「ああ、涼宮さんももう戻って来て……なっ!?」 ガッシャーン!! 古泉の手の中にあったジュースの缶が激しい音をたてて床を転がる。 ああ、なんという混沌とした状態だ。とりあえずみんな落ち着くんだ。 「こ、これは一体どういうことですか?何があったんですか!?」 二人の俺を見比べ、尋ねる古泉。 さすがの古泉も取り乱しているようだ。長門ですら少し目に動揺の色が見える。 とりあえず落ち着け、クールになれ古泉。今説明してやる。 「簡単に言うと、ここのハルヒとそっちの『俺』は異世界からきたハルヒと『俺』だ。で、合ってるよな?」 『俺』の方に目を向けると頷いて肯定する。 「どうやらそのようだ。俺はハルヒに無理矢理ここに連れて来られた」 「無理矢理って何よ。人を誘拐犯みたいに言わないでよ」 「いや、大差ないだろ。いきなりこんなところに」 「いきなりとかどうでもいいのよ。ついてきなさいって言ったらわかったって言ったじゃない」 「まぁ、それは言ったが……」 とりあえず二人で遊ぶのはやめてくれ。 「古泉、この状況はどうだ」 「おおよそしか把握できていませんが、正直あまりよろしくないですね。僕らの方の涼宮さんは?」 「まだだ。たぶん俺の家に電話中だろう。帰って来る前になんとかしないと」 「長門さん何か手はありませんか?」 「ないことはない」 「ではそれをすぐにお願いします」 「あまり推奨できない」 「とにかく時間がないかもしれません!お願いします」 必死だな、古泉。 「……わかった。情報連結解除開――」 「って、ちょっ、待て待て長門。それはダメだ」 長門、まさかお前までパニクってんのか。落ち着け、長門。お前もクールになれ。 それはさすがにまずいだろ。別の方法を考えよう。 「………」 「長門?」 「……今のはジョーク」 前言撤回。余裕ですね、長門さん。 さすがの古泉も口を開けて完全に固まっている。ちなみに朝比奈さんはとっくに固まっている。 「そうだ、あの見えなくなるフィールドみたいなやつは、どうだ?」 「私の権限では涼宮ハルヒという個体に対して力を行使することは許可されない。つまり……」 つまりなんだ? 「私には打つ手がない」 でもこれは違うハルヒだぞ。ならいいんじゃないのか? 「それでも無理」 なんてこった。こっちからは何もできないってわけか。 「とりあえずお前ら一旦帰ってくれないか?」 いちおう二人に言ってみる。 「嫌よ。せっかく遊びに来たのに」 「んなこと言うなって。また来ればいいじゃねえか」 「そんな簡単に言うけど結構疲れるのよ」 知らねえよ。俺の方が疲れるぜ。 「あのなハルヒ。こっちのハルヒに知られるのはまじでやばいんだ。頼む」 「そんな心配することないわ。あたしの方だってなんともないんだし」 「とりあえず迷惑っぽいし帰ろうぜ。何か起こってからじゃ大変なんだし」 さすが『俺』。話がわかるぜ。 「何かって何よ。そんなにたいしたことないかもしれないわよ」 「あのなぁ……たいしたことないって、あの古泉の様子を見てみろ」 そう言って『俺』は古泉の方を指差す。 古泉は完全に機能が停止している。目が虚ろだ。 「な、あのくらい大変な事態なんだよ。わかるか?」 「……わかったわよ。しょうがないわね。帰るわ!じゃあまた――」 ガチャ! ……例えて言うなら地獄の扉が開いたような気がした。悪夢はまだ終わらないのか? ひょっとしたら俺たちの交流はここからが始まりなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ エピローグへ